大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所葛城支部 平成4年(ワ)270号 判決 1999年3月24日

原告

梅本愛作

外三四〇名

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐藤真理

北岡秀晃

田中啓義

馬場勝也

小倉真樹

外二名

被告(甲・乙・丙事件)

村本建設株式会社受継人

村本建設株式会社更生管財人

鬼追明夫

外一名

奈良森林観光開発株式会社

右代表者代表取締役

村本豊弘

右被告ら訴訟代理人弁護士

重宗次郎

小川洋一

俵正市

外三名

主文

一  被告らは、別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号1の原告梅本愛作、同目録番号4の原告和田実、同目録番号5の原告出合安一、同目録番号6の原告岩本義正、同目録番号8の原告今西有利、同目録番号9の原告富松清、同目録番号10の原告梅本昭則、同目録番号17の原告今西与四郎、同目録番号18の原告柳田義信、同目録番号19の原告小林竜一、同目録番号24の原告梅本幸男、同目録番号25の原告乾敏夫、同目録番号27の原告上村徳治、同目録番号28の原告出合明、同目録番号29の原告梶谷清、同目録番号31の原告岸本清治、同目録番号36の原告川端政雄、同目録番号37の原告岩本清治、同目録番号39の原告山本昇、同目録番号41の原告西本久美子、同目録番号42の原告梅本久一、同目録番号43の原告吉田靜子、同目録番号44の原告中村茂之、同目録番号45の原告平垣喜與勝、同目録番号47の原告和田善治、同目録番号68の原告西本春野、同目録番号69の原告今西善美、同目録番号70の原告辰己満佐子及び同目録番号76の原告中村熊一との関係において、別紙物件目録記載の土地上の立木を伐採し、同土地の形状を変更するなどして、同土地上において、ゴルフ場建設工事をしてはならない。

二  前項記載の原告ら以外の原告らの被告らに対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告らに生じた費用の三分の一及び二項記載の原告らに生じた費用は、二項記載の原告らの、被告らに生じた費用の三分の二及び一項記載の原告らに生じた費用は、被告らの、各負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求(甲・乙・丙事件)

一  被告らは、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上の立木を伐採し、同土地の形状を変更するなどして、同土地上において、ゴルフ場建設工事をしてはならない。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、本件土地の隣接土地に居住する住民、吉野川流域に居住する住民、あるいは、奈良県民である原告らが、被告奈良森林観光開発株式会社及び村本建設株式会社が予定している本件土地におけるゴルフ場建設工事により、原告らの人格権等が侵害されるとして、村本建設株式会社に関する訴訟手続を受継した更生管財人及び被告奈良森林観光開発株式会社に対し、右人格権等に基づき、右建設工事の差止を求めた事案である。

(争いのない事実)(甲・乙・丙事件共通、以下同じ)

一  被告奈良森林観光開発株式会社は、本件土地を造成して、「吉野桜カントリークラブ」の名称(仮称)で、ゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を開発することを計画し、本件ゴルフ場を建設し、その営業をなそうとする者であり、村本建設株式会社は、その施工を行う者であるが、村本建設株式会社は、平成五年一二月二七日、大阪地方裁判所において、会社更生手続開始決定を受け、更生管財人に、鬼追明夫及び松本宗和が、それぞれ選任され、右両名が村本建設株式会社に関する本件訴訟手続を受継した。

二  被告奈良森林観光開発株式会杜及び村本建設株式会社が計画している本件ゴルフ場計画の概要は、次のとおりである。

1  造成予定区域

所在地 奈良県吉野郡吉野町大字左曾、同吉野山地内

面積(公簿面積)

三七万三一四七平方メートル

実測見込面積

一一〇万五六三三平方メートル

2  土地利用計画

ゴルフコース 二九万八〇八五平方メートル(利用率26.96パーセント)

クラブハウス等 二万〇九〇〇平方メートル(利用率1.89パーセント)

調整池・修景池等 三万五六七七平方メートル(利用率3.23パーセント)

残置森林 五三万六三三五平方メートル(利用率48.51パーセント)

造成森林 一七万五五四八平方メートル(利用率15.88パーセント)

その他緑地 二万九二〇二平方メートル(利用率2.64パーセント)

その他 九八八三平方メートル

(利用率0.89パーセント)

三  本件ゴルフ場開発は、吉野熊野国立公園の西側で行う計画である。

(原告らの地位等)

争いのない事実、甲一、一一の一・二・四ないし七・九、一三及び弁論の全趣旨によれば、別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号1ないし77、別紙平成四年(ワ)第二七〇号事件原告目録番号2及び別紙平成六年(ワ)第六〇号事件原告目録番号5ないし25、30ないし44、50ないし74、127ないし146、152ないし156、228記載の原告らは、本件土地に隣接する奈良県吉野郡吉野町大字六田に居住する住民であり、その余の原告らは、吉野川流域、あるいは、奈良県内に居住する住民であること、奈良県吉野郡吉野町大字六田地区(以下「六田地区」という。)は、奈良県吉野郡吉野町の西端に位置し、北は、吉野川を隔てて奈良県吉野郡大淀町に、西及び南は、奈良県吉野郡下市町に、北東は、奈良県吉野郡吉野町左曾地区に、南東は、奈良県吉野郡吉野町吉野山地区に、それぞれ接しており、南東部の境界は、本件ゴルフ場開発区域の西端と一致すること、六田地区は、広さが、南北約2.6キロメートル、東西約2.5キロメートルで、標高は、一五〇メートルから三七〇メートルに達し、本件ゴルフ場開発区域を源として、九条谷川が六田地区東部を、奥六田地区中央部を、それぞれ南から北へ流れ、吉野川へ注いでいること、六田地区の大部分は、森林であるが、九条谷川及び奥六田川沿いには、多数の田が存在し、五〇〇名余りの区民が居住していることが認められる。

(被告らの本件ゴルフ場開発計画等)

争いのない事実、甲四、二〇ないし二二、六〇の一・ニ、一五二、乙一、証人上田尚行の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告奈良森林観光開発株式会社は、本件土地に本件ゴルフ場を開発することを計画し、平成四年五月二九日、土地計画法二九条の開発許可、森林法一〇条の二第一項の林地開発許可及び宅地造成等規制法の許可を、それぞれ申請し、平成四年一二月二四日、奈良県知事から、都市計画法二九条の開発許可、森林法一〇条の二第一項の林地開発許可及び宅地造成等規制法の許可を、それぞれ受け、平成五年一月一一日ころから、本件土地において、本件ゴルフ場建設工事に着手したこと、被告奈良森林観光開発株式会社は、村本建設株式会社が一〇〇パーセント出資している同会社の完全子会社であり、本件ゴルフ場建設の実質的な主体は、村本建設株式会社であること、村本建設株式会社は、平成五年一一月、約金五〇〇〇億円の負債を抱え、大阪地方裁判所に会社更生手続を申請して事実上倒産し、平成五年一二月二七日、大阪地方裁判所において、会社更生手続開始決定を受け、現在会社更生手続中であること、現在本件ゴルフ場の会員権の売れ行きは、芳しくなく、却って減少している状況であり、募集再開の具体的な目途も立っていないこと、現時点において、被告奈良森林観光開発株式会社は、本件ゴルフ場建設工事代金を支払う資力はなく、親会社である村本建設株式会社が、右工事費用を立て替える形で、本件ゴルフ場建設工事を完成させることになること、現時点において、村本建設株式会社の会社更生計画の具体的な目途は立っておらず、また、本件ゴルフ場建設工事の本来の完成予定日は、平成一一年九月であるが、右工事完成の見込みや時期等についても、具体的な目途は立っていないことが認められる。

(争点)

(調整池に関する問題点)

(原告らの主張)

一  本件ゴルフ場の治水計画の特徴

本件ゴルフ場の開発区域は、主として、九条谷川と奥六田川の各流域に跨がっており、それぞれの流域に洪水調整のため、合計四か所の調整池が設置される計画となっているが、その特徴は、次のとおりである。

1  二段階的な調整池の設置

本件ゴルフ場の治水計画によれば、九条谷川流域には、一号調整池と二号調整池が設置され、二号調整池から流出した水が一号調整池に流入し、その後に九条谷川に放流され、また、奥六田川流域には、三号調整池と四号調整池が設置され、三号調整池から流出した水が四号調整池に流入し、その後に奥六田川に放流されることになっている。

このような二段階的な調整池の設置は、連動している調整池の一方に事故があった場合に、調整池の全体としての機能が損傷されることがありうるという点において、安全上の問題を内包している。

2  バイパス河川の設置

本件ゴルフ場開発区域のうち、奥六田川流域の一部については、この区域からの流水が三号ないし四号調整池を経て下流に流出するわけではなく、四号調整池に隣接する場所に新設されるバイパス河川を通じて、調整池を経ることなく、奥六田川に放流されることになっている。

前記のようなバイパス河川は、ほとんど例のないものであり、バイパス河川を通じての放流は、下流に大きな災害をもたらす要因となっている。

なお、バイパス河川設置に関する問題点は、(本件ゴルフ場の造成・構造の問題点)の項で改めて主張する。

3  自然流下地域の存在

調整池流域図(乙一六)によれば、本件ゴルフ場開発区域内の造成地からの流水のすべてが、前記各調整池やバイパス河川を通じて下流に放流される計画になっている訳ではなく、九条谷川流域では、0.82ヘクタール(うち、造成地は0.05ヘクタール)が、奥六田川では、9.84ヘクタール(うち、造成地は2.08ヘクタール)が、それぞれ調整池を経ることなく、直接各河川に流出する区域とされている。

二  調整池の設計方法

調整池は、開発により増加した流出水量を一時的に貯留し、一定水量のみを下流に流すことで、下流河川の洪水調整を行うものであるため、調整池から放流可能な水量は、下流河川の流過能力を基準に一定量に限定しなければならず、調整池の放流口(オリフュス)の位置、大きさ等の構造は、それを前提に設計され、また、調整池に流入する水量は、流域面積の大きさ、造成地の占める割合、降雨量等によって決まるため、この流入量の計算と前記流出量との関係によって貯水量が決まり、調整池の大きさ・堰堤の高さ等の構造が決定される。

本件において、前記各設計は、奈良県土木部河川課作成の「宅地及びゴルフ場等開発に伴う調整池技術基準」に従ってなされているようであり、一号調整池から四号調整池について記載された数式は、いずれも、前記調整池技術基準に従って、V(必要調節量)を算出したものである。

ところで、前記Vを算出するに当たっては、その前提として、P(流路最大放流可能量)が求められなければならず、これは、下流河川の最もネックとなる部分(基準地点ないし基準断面)の現況流過能力に、流域面積の比(ゴルフ場開発面積が基準地点の流域面積に占める割合)を乗じて算定される。

「防災調整池計算書」と題する書面(乙二二)は、九条谷川及び奥六田川流域について、前記基準地点を決定し、当該基準地点における現況流過能力を算定した計算書であり、一号調整池の容量計算書(甲一一三の一の三―二)において、Q(基準地点での流過能力)が毎秒4.51立方メートルとされているのは、乙二二の一―五で算出されたQの値を代入したものであり、また、四号調整池の容量計算書(甲一一三の一の三―二〇)におけるQの数値は、乙二二の一―六で算出された奥六田川流域の基準地点の現況流過能力と合致するものである。

つまり、前記のようにして算出されたP(流路最大放流可能量)が、各調整池からの流出量(すなわちオリフュスの位置、大きさ等の構造)を決定し、V(必要調節量)が調整池の大きさ(すなわち堰堤の高さ等)を決定する。

従って、逆に言えば、調整池に関する設計が適正になされるためには、前記数式による計算や基礎となるデータが、正確かつ現実的な適正さを有していることが必要不可欠である。

ところが、本件においては、次のとおり、誤った計算に基づく工事がなされている。

三  本件調整池計画は、余裕高を計算に入れていない。

1  余裕高の必要性

一般に河川の流過能力の計算に当たっては、一定の余裕高を想定し、これを控除した断面を前提としなければならず、一級、二級河川においては、計画高水流量に対し、六〇センチメートル、小河川の場合には、三〇センチメートル以上の余裕高を想定すべきものとされている(河川管理施設等構造令七六条、同施行規則三六条)。

つまり、基準地点における現況流過能力を算定する場合、マニング式という計算式が用いられるが、現況の水路の断面積、潤辺長、径深を前提として、当該断面の平均流度(V)や流過能力(Q)が求められなければならない。

なぜなら、流過能力を算出する前記マニングの計算式は、元来、同一断面、同一勾配の水路を想定して導かれたもので、現実の河川の実態に即したものではなく、現実の水路は、複雑にカーブし、断面の形や勾配が場所ごとに異なるのが当然であり、時には、土砂や流木が存在する場合もあり、マニング式は、理念型の水路を前提としたものであり、現実の水路に妥当するものではないからである。

これに対し、余裕高を控除した計算は、より水路の実態に即した流過能力を計算することを目的とするものであり、このような余裕高を想定した計算を前提とした計画を取らず、漫然と満流計算による流量を流せば、現実の河川では溢水を生じるおそれがきわめて高い。

現に、京都府の開発許可に関する技術基準には、河川水路の余裕高を設定した計算を行うべきことが定められている。

2  余裕高を考慮した流過能力

しかるに、本件ゴルフ場の計画においては、余裕高を想定し、控除することを前提とした計算を行っていない。

九条谷川と奥六田川の各基準地点とされた地点の横断面図を基に、三〇センチメートルの余裕高を控除した場合の流過能力を計算すると(甲一三〇(吉野桜ゴルフ場治水対策に関する調査報告書))、九条谷川の基準地点の流過能力が、被告らの計画では、毎秒4.51立方メートルとなっているのに対し、余裕高を控除した計算では、同じ基準地点の流過能力は、毎秒2.64立方メートルにすぎず、また、奥六田川においては、被告らの計画では、毎秒7.83立方メートルとなっているのに対し、余裕高を控除した計算では、同じ基準地点の流過能力は、毎秒4.94立方メートルにすぎない。

つまり、被告らの計画する流過能力の値は、様々な断面や勾配を有し、蛇行する現実の水路を想定して計算した流過能力よりも、著しく高く設定されていることになる。

前記二のとおり、基準地点での現況流過能力は、調整池のP(流路最大放流可能量)を算出する元となる数値であり、これを前提に調整池から流出量が定められ、放流口(オリフュス)の設計がなされ、また、現況流過能力の値が変われば、調整池のV(必要調節量)も必然的に変動せざるを得なくなる。

四  粗度係数の誤り

1  粗度係数とは

基準地点での現況流過能力(Q)を算出するには、当該断面の平均流速(V)を算出して、これに、断面積(A)を乗じる方法が取られる。

そして、平均流速を算出する計算式は、V=1÷n×R×1(マニング式)で表される。

このうち、Rは基準断面の径深を、Iは勾配を、nは粗度係数を、それぞれ意味する。

粗度係数は、水路の流れにくさを示す係数であり、水路の状況によって変化し、係数は、値が小さいほど流れやすく、値が大きいほど流れにくいことを示すものである。

2  適正な粗度係数による流過能力

乙二二(防災調整池計算書)によれば、本件において、粗度係数の値は、0.03が利用されている。

しかし、0.03という粗度係数は、比較的細かい砂が凹凸の少ない状態で存在する、比較的スムーズな河床状況の場合に妥当する値であり、本件の各基準地点の状況に合致するものではない。

九条谷川や奥六田川の各基準地点の現況を甲一三三(水理公式集抜粋)の概略値に副って当てはめて見ると、自然流路(人工の全くない流路)についての(d)表を利用するのが、最も適当と考えられるから、本件において利用されるべき粗度係数の値は、0.045程度と解するのが相当である。

つまり、被告らの計算は、粗度係数の値を適正値よりも小さくして、平均流速や現況流過能力を算出するものであって、調整池の最大放流可能量もこの計算を前提としているが、実際の河川は、0.045の係数で表される程度しか流れないのであって、被告らの算出する平均流速や現況流過能力は過大なものといわざるを得ない。

適正な粗度係数が前記のとおりであるとすれば、被告らの計算した平均流速や現況流過能力は減少するから、これに伴って、調整池からの最大放流可能量も減少させる必要があり、これを放置して被告らの計算どおり調整池からの放流を容認すれば、必然的に下流河川において溢水が生じることになる。

粗度係数を0.045として、乙二二の計算式により計算すると、九条谷川の基準地点におけるV(平均流速)は、毎秒2.21メートル、Q(現況流過能力)は、毎秒3.01メートル、奥六田川の基準地点におけるV(平均流速)は、毎秒2.44メートル、Q(現況流過能力)は、毎秒5.22立方メートルとなる。

五  直接流出量の無視

1  直接流出量の存在

調整池が洪水調節機能を果たすためには、本件ゴルフ場開発区域からの流水をすべて調整池に流入させるものとして計画するか、あるいは、調整池を経ずに直接河川に流出する水量を考慮した流量計算がなされる必要がある。

ところが、本件においては、九条谷川においても、奥六田川においても、調整池に流入することなく、直接河川に流出する造成地区域が存在する(乙一六(調整池流域図))にもかかわらず、被告ら作成の調整池の容量計算においては、右の各直接流出区域の存在が全く無視されている。

すなわち、九条谷川流域においては、0.05ヘクタールの、奥六田川流域においては、2.7ヘクタール(バイパス河川からの直接流出量を含む。)の、各造成地からの流水が、調整池を経由することなく、直接調整池下流の河川に流入することになっている(甲一三〇)。

従って、調整池からの最大放流可能量は、前記直接流出区域の造成によって増加する流出量が折り込んだ計算式によって算出されなければならず、仮に、直接流出量を無視した形で調整池からの最大放流可能量を算出し、これを前提に放流口の設計がなされるならば、実際には、下流河川の基準地点における流過能力を越える水量が流れることになり、理論的には直接流出量分が溢水することになる。

2  直接流出量を考慮した流量計算

開発区域から流しうる最大放流可能量は、下流河川の基準地点における現況流過能力に、当該開発区域面積が、基準地点の流域面積に占める割合を乗じることによって算出される。

これを奥六田川に当てはめると、基準地点の現況流過能力のうち、本件開発区域全体から流過可能な量は、「そこからの流出水が四号調整池に流入する区域(Aという。)」+「開発区域内ではあるが、調整池に入らず、直接奥六田川に流出する区域(Bという。)」+「開発区域外で奥六田川に流出する区域(Cという。)」分の「A+B」の面積比で算出される部分に限定される。

ところが、被告らの計画では、Bの存在を無視し、基準地点の現況流過能力に、「A+B+C」分のAを乗じて計算しており、これに直接流出量を加えれば、右の計算による開発区域全体からの最大放流可能量を越えることは必至であり、被告らの計画どおり工事が実施されれば、基準地点の流過能力を越える流量が開発区域全体から流出することになる。

六  余裕高及び直接流出量を考慮した最大放流可能量の算定

1  九条谷川流域について

九条谷川流域の下流における基準地点の現況流過能力は、余裕高を三〇センチメートル想定して控除した場合、毎秒2.64立方メートルとなる。

調整池からの最大放流可能量は、前記現況流過能力に、開発面積が基準地点の流域面積に占める割合を乗じたものであるが、前記のとおり、直接流出量分を考慮する必要があるから、開発面積の中に、直接流出区域の面積を加算して、開発区域からの最大放流可能量を計算すると、毎秒1.3立方メートルになる。

そして、一号調整池の最大放流可能量(許容放出量)は、前記数値から直接流出量を控除する必要があるから、これを控除して計算すると、毎秒1.275立方メートルとなる。

しかるに、本件計画では、一号調整池の許容放流量は、毎秒2.229立方メートルとなっており、前記数値を大幅に上回ることになり、計算上必然的に、下流で溢水が生じることになる。

従って、下流での溢水を防止しようとすれば、一号調整池のオリフュスを小さくして、放流量を減少させる設計変更が必要である。

しかも、被告らの計画では、二号調整池の最大放流可能量は、毎秒0.985立方メートル(甲一一三の一の三―六)となっているが、一号調整池の最大放流可能量が毎秒1.275立方メートルに過ぎず、一号調整池には二号調整池以外からの流入が相当量存在することを考慮すれば、二号調整池からの放流量も絞る必要がある。

以上のとおり、本件計画は、下流河川での溢水の高度の危険を内包するものであり、これを回避するためには、一号調整池及び二号調整池をともに設計変更する必要がある。

2  奥六田川流域について

奥六田川流域の下流における基準地点の現況流過能力は、余裕高を三〇センチメートル想定して控除した場合、毎秒4.94立方メートルとなる。

そして、開発面積の中に直接流出区域の面積2.7ヘクタールを加算して、開発区域からの最大放流可能量を計算すると、毎秒0.91立方メートルになるところ、直接流出区域からの直接流出量だけでも、毎秒1.358立方メートルとなるから、計算上は、直接流出量のみで、開発区域全体からの最大放流可能量を上回ることになる。

すなわち、直接流出量を加味した場合、計算上、四号調整池からの放流自体が許されないことになり、被告らの計画に従って、毎秒1.36立方メートルの水量が四号調整池から放流されるならば、下流の基準地点において、必然的に溢水が生じることになる。

従って、四号調整池は、放流不可能な調整池とならざるを得ず、本件治水計画自体が全く成り立たないものとなる。

七  前記六に適正な粗度係数を前提とした最大放流可能量

1  九条谷川

前記四のとおり、本件においては、0.045という粗度係数を用いるべきであるから、右粗度係数を用いて計算すると、九条谷川の基準地点の現況流過能力は、毎秒3.01立方メートルとなり、それに余裕高を考慮すると、毎秒1.76立方メートルとなり、これに開発区域面積が基準地点の流域面積に占める割合を乗じると、開発区域からの最大放流可能量は、毎秒0.869立方メートルとなる。

一号調整池の最大放流可能量は、毎秒0.869平方メートルから直接流出量毎秒0.025立方メートルを控除した数値であるから、毎秒0.844立方メートルとなり、被告らの計画流量(毎秒2.229立方メートル)を大幅に上回ることになる。

2  奥六田川

奥六田川についても、0.045という粗度係数を用いて計算し、余裕高を考慮すると、基準地点の現況流過能力は、毎秒3.29立方メートルとなり、開発区域からの最大放流可能量は、毎秒0.606立方メートルとなる。

四号調整池の最大放流可能量は、毎秒0.606立方メートルから直接流出量を控除した毎秒マイナス0.869立方メートルとなり、およそ四号調整池から放流することが不可能となる。

八  下流域における溢水被害の危険

(原告らに対する権利侵害)

1 本件調整池の流出量は、適正値よりも過大な基準地点の現況流過能力を前提として算出されたものであり、また、下流河川に直接流入する自然流下区域からの流量を看過している。

2 従って、本件調整池は、想定される降雨強度の範囲内の降雨であったとしても、十分な洪水調整機能を果たすことはできず、下流域に溢水の被害をもたらすことは明白である。

3 そして、九条谷川流域の下流には、別紙民家等の位置関係図(1)の位置に別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号68の原告西本春野が居住する住宅が、(3)の位置に同目録番号42の原告梅本久一の所有する住宅が、(4)の位置に同目録番号38の原告梅本栄子の居住する住宅が、(5)の位置に同目録番号11の原告北村博司の所有する住宅が、(7)の位置に同目録番号17の原告今西与四郎の所有する住宅が、それぞれ存在し、そのうちでも、同目録番号17の原告今西与四郎、同目録番号42の原告梅本久一及び同目録番号68の原告西本春野らの住宅が溢水による被害を受ける可能性がきわめて高く、特に、同目録番号17の原告今西与四郎の住宅では、河川と建物との高低差が少ない上、水路幅もその付近で狭くなっており、その生命・身体・財産等に重大な被害をもたらす危険性がきわめて高い。

4 また、奥六田川流域の下流には、別紙民家の配置図(2)の位置に別紙平成四年荒第一二二号事件原告目録番号5の原告出合安一の所有する農機具倉庫が、(3)の位置に同目録番号23の原告大平昭夫の所有する住宅が、(4)の位置に同目録番号5の原告出合安一の所有する住宅が、(5)の位置に同目録番号77の原告出合善美の所有する住宅が、(6)の位置に同目録番号5の原告出合安一の所有する住宅が、(7)の位置に同目録番号29の原告梶谷清の所有する住宅が、(8)の位置に同目録番号21の原告岸本栄一の所有する住宅が、(9)の位置に同目録番号27の原告上村徳治が所有する農機具倉庫が、(10)の位置に同目録番号12の原告岸本信之が所有する農機具倉庫が、(11)の位置に同目録番号18の原告柳田義信の居住する住宅や寺が、(13)の位置に同目録番号27の原告梅本幸男の居住する住宅が、(14)の位置に同目録番号26の原告上村博の所有する住宅が、(16)の位置に同目録番号25の原告乾敏夫の所有する住宅が、それぞれ存在し、そして、(4)の位置の同目録番号5の原告出合安一の住宅付近で奥六田川は大きく左にカーブしており、また、同目録番号29の原告梶谷清所有の住宅付近で堤防の高さが最も低くなっている上、すぐ下流に橋がかかり、橋の部分から水路幅が狭くなっており、増水した水が容易に溢水し、前記民家に流入するおそれがあることから、同目録番号5の原告出合安一や同目録番号29の原告梶谷清らの住宅が、溢水による被害を受ける可能性がきわめて高く、さらに、同目録番号18の原告柳田義信の居住する住宅や寺についても、溢水被害を受ける可能性が高い。

(溢水の実例)

1 前記のような溢水のおそれは、既に九条谷川の基準地点で実際に起こった溢水によっても明らかである。

2 すなわち、本件ゴルフ場予定地で伐採が始まった後の平成五年七月五日と、一号調整池が完成した後の平成七年七月四日に、九条谷川の基準地点付近で溢水が生じている。

3 平成七年七月四日の降雨は、日雨量一〇七ミリ、最大時間雨量三八ミリであり、計画対象降雨の範囲内の、年に数回起こる程度の降雨であり、被告らの計画によれば、当然に、調整池の洪水調節機能によってカバーされるはずの雨量であり、計算上基準地点で溢水が生じるはずがないにもかかわらず、この程度の降雨で溢水が生じたのは、調整池計画の問題点が露呈した結果である。

4 しかも、特に上流での造成工事が相当程度進行した九条谷川においては、現状において、河川への土砂の堆積が進んでおり、今後ますます溢水被害が発生し、あるいは、被害が広範囲に及ぶおそれがきわめて大きい。

(被告らの主張)

一  余裕高について

1  九条谷川及び奥六田川は、いずれも、堤内地より高い堤防が存在しない、いわゆる「堀込河道」であり、本件各調整池設計のための各基準地点は、いずれも、堤防に隣接する堤内の土地の地盤高が計画水位より高い地点であり、かつ、各基準地点の背後地には、人家が存在せず、田畑であるので、河川管理施設等構造令二〇条一項ただし書により、余裕高を零としても良い地点である。

2  原告らが指摘する河川管理施設等構造令施行規則三六条は、計画水位が堤内地盤より高い場合に適用されるのであって、本件各基準地点には適用されない。

3  なお、奥六田川の基準地点においては、畦道が存在し、約一〇センチメートルの余裕高が存在する。

二  直接流出量について

1  本件計画においては、元々直接流出する面積を開発区域面積に含めていないのであるから、さらに直接流出量を控除する必要がない。

2  また、直接流出量を算出する際の流出係数は、造成地の場合の0.9ではなく、0.9から自然地の係数0.6を控除した0.3で計算すべきものである。

三  洪水到達時間について

1  原告らは、直接流出量を算出するための平均降雨強度を求める際、洪水到達時間を一〇分として計算しているが、その理由は明らかでなく、通常洪水到達時間という場合には、降った雨が河川に流入する時間と基準地点まで流下する時間との合計時間を指すのであって、開発地の場合、前者を一〇分とするのが通常の考え方であり、原告らの洪水到達時間は、極端に短い時間を恣意的に採用したものである。

2  このことは、平均降雨強度が時間当たり201.205ミリとされており、通常ありえないような大雨を想定していることからも明らかである。

3  仮に、平均降雨強度が時間当たり201.205ミリの雨が降ったとすると、一号調整池の基準地点における同調整池より下流の流域面積からの流出量は、毎秒10.19立方メートル(0.6×30.4×201.205÷360)となり、一号調整池の基準地点における流下能力をはるかに上回るのであって、一号調整池からの流出量の多少以前の問題である。

4  これらのことから、原告らの立論が現実を無視したものであることが窺えるものである。

5  また、前記の量の雨が降ると仮定して、一号調整池の存否で流出量を比較すると、開発しない場合は、毎秒20.15立方メートル(0.6×60×201.205÷360)となり、一号調整池を設置すると、毎秒12.43立方メートル(4.51×29.7÷60.1+10.19)となって、洪水時の流出量は減少し、下流においては、一号調整池を設置した方がより安全となる。

6  以上の点は、四号調整池でも同様である。

四  下流における溢水の可能性について

1  原告らは、一号調整池は、必然的に下流で溢水が生じることになると主張するが、一号調整池の完成後、右調整池が原因となった溢水は発生しておらず、原告らの右主張は机上の空論である。

2  九条谷川において、一号調整池完成後の平成七年に溢水があったが、これは、猪除けのために、流れに逆らって河道を塞ぐ形で設置された鉄板が、九条谷川の流れをせき止めたために発生したもので、一号調整池が原因となったものではない。

3  一号調整池のオリフュスの断面積は最大0.302平方メートルであるが、現実のそれは、0.3平方メートルであり、実際に小さくしてより安全に配慮している。

4  また、四号調整池については、前記一〇センチメートルの余裕高を考慮に入れれば、必然的に下流で溢水が生じることにはならない。

五  粗度係数について

原告らは、粗度係数につき、0.045という数値を採用して計算しているが、九条谷川や奥六田川は、石積みがされたり、コンクリートで固められたりしており、自然流路(人工の全くない流路)ではないから、右数値の採用は誤りである。

六  溢水から生じる被害について

仮に、原告ら主張のように溢水が生じるとしても、溢水が生じるであろう基準地点付近は水田であり、被害が生じるとしても、金銭補償が可能であり、本件ゴルフ場建設工事を差し止めなければならないほど、原告らの生命・身体等への重大な人格的利益侵害の可能性は存在しない。

(被告らの主張に対する原告の反論)

一  余裕高について

1  被告らは、「九条谷川及び奥六田川は、いずれも、堤内地より高い堤防が存在しない、いわゆる『堀込河道』であり、本件各調整池設計のための各基準地点は、いずれも、堤防に隣接する堤内の土地の地盤高が計画水位より高い地点であり、かつ、基準地点の背後地には人家が存在せず、田畑であるので、河川管理施設等構造令二〇条一項ただし書により、余裕高を零としても良い地点である。なお、奥六田川の基準地点においては、畦道が存在し、約一〇センチメートルの余裕高が存在する。」旨主張する。

2  しかし、奥六田川の基準地点は、人家に近接した所に位置しており、また、基準地点の直近に人家がないとしても、その下流には人家が存在しており、基準地点で溢れた水は、当然下流の人家に到達するのであるから、基準地点のごく周囲の状況のみを考慮して、余裕高の必要性を否定する被告らの主張は失当である。

3  また、「奥六田川の基準地点においては、畦道が存在し、約一〇センチメートルの余裕高が存在する。」という被告らの前記主張が事実であったとしても、被告らの治水計画が破錠していることに変わりはない。

4  すなわち、奥六田川流域における開発区域全体からの許容放流量は、余裕高を考慮しない計画どおりの基準地点の流過能力を前提としても、その値は毎秒1.441立方メートルとなり、そうすると、直接流出量が毎秒1.358立方メートルであるから、四号調整池から放流可能な量は、毎秒0.083立方メートルに過ぎないことになる。

5  これに対し、被告らの計画による四号調整池からの最大放流可能量は、毎秒1.36立方メートルであって、前記計算上の数値をはるかに越えることになり、被告らの計画どおりの基準地点の流過能力を前提としても、基準地点の流過能力をはるかに超過する水量の流出がなされることを意味するのであって、約一〇センチメートルの余裕高の存在は、何ら下流における溢水の危険性を防止するものではない。

6  なお、粗度係数の問題を加味すれば、被告らの計画の矛盾はさらに増大する。

二  直接流出量について

1  被告らは、「本件計画においては、元々直接流出する面積を開発区域面積に含めていないので、さらに直接流出量を控除する必要がない。」旨主張する。

2  しかし、直接流出する面積を開発区域面積に含めていないこと自体が問題なのであって、直接流出する面積を開発区域面積に含めていない場合、計画どおりの四号調整池からの最大放流可能量をそのまま流せば、直接流出量がそこに加わる結果、開発区域全体からの最大放流可能量を越え、基準地点の流過能力を超過することになるのは必至であり、被告らの主張は明らかに失当である。

三  洪水到達時間について

1  被告らの洪水到達時間に関する主張は、降雨強度と時間雨量を混同するものである。

2  直接流出量算出のための洪水到達時間を一〇分としたのは、流域面積がわずか2.7ヘクタールの土地であるから、本来なら一〇分未満と考えられるところ、あえて多めに設定したもので、流域面積が広がれば、洪水到達時間はさらに長くなる。

ところが、被告らの計算式は、30.4ヘクタールという流域面積に対して、洪水到達時間を一〇分とした降雨強度値を乗じているのであって、その計算自体が誤っている。

3  また、被告らは、計算式を用いて、開発前の場合と一号調整池を設置した場合を対比し、一号調整池の設置により洪水時の流出量が減少すると主張する。

4  しかし、開発しない場合の計算式では、洪水到達時間を一〇分とした場合の降雨強度値を使用しているが、60.1ヘクタールという広大な流域面積の場合に洪水到達時間を一〇分と設定することはあり得ず、被告らの計算は、あり得ないことを前提とした計算式に過ぎない。

四  オリフュスの断面積について

1  被告らは、「一号調整池のオリフュスの断面積につき、計算上の最大値よりも小さい0.3平方メートルで計画施工しており、より安全に配慮している。」旨主張する。

2  しかし、被告ら主張のとおり、一号調整池のオリフュスの断面積を0.3平方メートルとして、最大放流可能量を計算すると、毎秒2.078立方メートルとなるところ、九条谷川においては、余裕高を考慮し、直接流出量を考慮すると、一号調整池からの最大放流可能量は、毎秒1.275立方メートルとなり、被告ら主張のオリフュスの断面積を前提としても、一号調整池からの最大放流可能量を大幅に越える水量がオリフュスから放流されるのであって、原告らが指摘した問題点は何ら解決されていない。

3  また、粗度係数の問題を加味すれば、一号調整池からの最大放流可能量はさらに絞る必要があることになり、被告らの主張は失当である。

五  下流における溢水の可能性について

1  被告らは、「九条谷川において、一号調整池完成後の平成七年に溢水があったが、これは、猪除けのために、流れに逆らって河道を塞ぐ形で設置された鉄板が、九条谷川の流れをせき止めたために発生したもので、一号調整池が原因となったものではない。」旨主張する。

2  しかし、河に沿って設置された猪除けの鉄板は、むしろ河道の断面積を広げる機能を果たしているのであって、被告らの主張は失当である。

(本件ゴルフ場の造成・構造の問題点)

(原告らの主張)

一  本件ゴルフ場開発区域の地盤について

(三波川変成帯)

1 三波川変成帯とは、三波川変成岩類を主な構成岩石とする帯状の地域であり、三波川変成岩類とは、古生代後半から中生代のジュラ紀にかけての秩父帯と呼ばれている砂岩・泥岩・チャート・石灰岩・緑色岩を原岩として、それらが地中深く入り、熱と圧力で変成を受けた一連の岩石を指す。

2 そして、三波川変成帯は、いわゆる中央構造線のすぐ南に帯状に存在している。

3 中央構造線とは、日本列島でも最大級の断層が集まって作る一つの構造線であり、北は諏訪湖付近から南へ、渥美半島の北を通り、伊勢から本件ゴルフ場開発地のすぐ北側を通り、四国を縦断して九州に達している。

4 中央構造線の断層群は、その動きによって、従来地中深く入っていた地層を引きずり上げ、地表に分布させる。

5 ところで、変成岩類は、変成された岩石の性質上、風化に弱く、簡単に粘土鉱物が形成され、その粘土鉱物が地滑りを誘発する。

6 また、三波川変成岩類によって構成される三波川変成帯の分布は、地滑り防止法に基づく指定地である地滑り防止区域の分野と合致しており、そのことからも、三波川変成帯と地滑りとの関係は一目瞭然である。

7 そして、本件ゴルフ場開発地は、わが国有数の地滑り地帯である三波川変成帯に属している。

(具体的調査結果)

1 現地調査の結果、本件ゴルフ場開発地において、典型的な三波川変成岩類が露出しており、原岩の変成度の度合いは大きく、風化の状況は、全体に白色の粘土化を受け、手で簡単に折れるほどもろい状況であり、また、造成中の一号調整池付近で露出した切土面は、地表から五メートルないし一〇メートル深くまで風化が進行しており、風化の結果、著しく粘土化し、硬い部分も礫状に細かく砕けており、砕けた部分に地下水が侵入して粘土化が進んだ部分に地滑りを起こす危険性がある。

2 また、被告らが調査したボーリング調査結果によれば、右調査は、開発地全体に満遍なくなされているのではなく、構造物の基礎として谷の低いところで掘られたボーリングであるにもかかわらず、相当表面からの風化が深いことが読み取れる。

3 すなわち、たとえば、ボーリング位置No.4は、一号調整池の左岸上流であるが、地下三メートルから八メートルのところに、クラッキー部分(細かい破砕部分)や酸化ゾーンが存在し、No.5においても、五メートル二〇から七メートル七〇の間に、土砂状風化帯・破砕帯状が存在し、他の地点においても酸化の記載があり、地下水の流動によって風化が進んでいることが明らかにされている。

4 従って、ボーリング調査結果によっても、現況でかなりの地滑り面が形成されているといわざるを得ない。

5 また、被告らの透水試験記録から判明するのは、透水係数が高い値であり、本件ゴルフ場開発地で地下水の局所的流動系が形成されている考とえられることである。

6 すなわち、本件ゴルフ場開発地においては、地形ごとに尾根から沢に出てゆく地下水の流動系が存在し、地下水湧出の湧泉は至る所に存在しており、右湧泉の存在は、被告ら作成の地質図においても確認できるものである。

7 そして、地下水の局所的流動系の存在は、地盤を酸化・弱化させ、また、地滑りの重大な要因となる。

8 また、被告ら作成の地質図によれば、本件ゴルフ場開発区域の北東端ないしその東直下に相当数の地滑り崩壊地の存在することが明らかである。

9 しかも、開発地一帯には、三波川変成岩類の上に非常に風化した礫層を主とする堆積物である菖蒲谷層が乗っており、また、本件ゴルフ場開発区域内には地質図上でFと書かれた点線で表示された推定断層が散見されるところ、これは、中央構造線に平行するような細かい断層であり、変成度の高い岩石の分布を予想させる。

10 さらに、被告らの弾性波探査結果によれば、一号調整池を貫く位置の側線Aの北端において、弾性波速度毎秒1.0キロメートル以下の地盤が深さ三〇メートルにも達しているが、このような地盤は、崩壊の危険が大きいと評価されるものである。

11 以上のとおり、本件ゴルフ場開発地は、三波川変成帯に属するのみならず、調査結果からしても、地盤が軟弱であり、地盤崩壊・地滑りのおそれのある危険地帯であることが証明できる。

二  地滑り・地盤崩壊と災害

(本件ゴルフ場全体の地滑り・地盤崩壊)

1 本件ゴルフ場開発地の地層の横方向の広がりは、概ね当該方向であって、北に向かって、すなわち、一号調整池、ひいては、九条谷川、奥六田川の下流に向かって、一五度ないし二五度の傾斜で傾いて重なっており、一五度ないし二五度という傾斜角は、地滑りしやすい傾斜角であって、切土によって、いわゆる流れ盤が生じる箇所は、本件ゴルフ場開発区域内に幾つも存在し、このような箇所では地滑りの具体的危険性がある。

2 地滑りが起きる時というのは、往々にして豪雨の最中とか、豪雨が治まったような時期というように、地表の水の流れの多い時期であるから、これが崖崩れとなって河川に入ると、比重の重い泥水が河川に入るため、その川の中の溜まっていた土砂を巻き込んで、土石流化する危険性があり、そうなれば、一号調整池や四号調整池の機能は麻痺し、土石流化した九条谷川、奥六田川は、両河川下流域に甚大な被害をもたらすことになる。

3 すなわち、本件ゴルフ場のコース内で地滑りが発生するということは、本件ゴルフ場内だけに災害が発生するということに止まらない。

(四号調整池の構造上の問題点)

1 バイパス河川の設置が予定されている四号調整池上流左岸側の斜面は、泥質片岩(黒色千枚岩)が非常に風化している状況で、表面から一〇メートルないし二〇メートルの深さまで風化が進行しており、手で押さえるだけでも細かく割れてしまう状況である。

2 そして、杉の植生を見ると、杉の背の高さや幹の太さが非常に不揃いであり、かつ、杉の幹が直立せずに根元から曲がったような形で生えている状態が観察できるのであって、これは、表土層がクリープ状の滑りを起こしていることの証拠である。

3 すなわち、バイパス河川の設置が予定されている地盤は、極度に風化した地盤であって、地滑りを起こしている地盤である。

4 このような地盤にバイパス河川が設置された場合、水路の建設された後、その水路上に表土が滑り込んできたり、さらに表土がきつく滑った場合は、バイパス河川そのものが一緒に地滑りに巻き込まれて、破壊・落下する危険性がある。

5 そして、バイパス河川が塞がれたり、崩壊した場合、バイパス河川を流れて四号調整池を迂回すべき流水が、一気に四号調整池に流入することになり、四号調整池の水位は一気に上がり、四号調整池からの放流量は何倍かに拡大されて、奥六田川下流にはダム津波が発生し、奥六田川下流域には致命的な災害が発生する。

6 被告らのバイパス河川の設置に関する施工計画書によれば、斜面の一部をカットして、コンクリート状のバイパス河川を斜面にへばりつかせているだけであり、軟弱地盤の支持力を補強するような方策は、一切計画されておらず、被告らのバイパス河川の設置に関する施工方法を前提とすれば、バイパス河川崩壊の危険性は解消されない。

(一号調整池の構造上の問題点)

1 一号調整池の南斜面は、三〇メートル余りの盛土斜面となっており、この盛土斜面は、かなり風化が進んだ土質であり、しかも、九条谷川の谷筋に位置しているから、開発後も地下水の浸出が避けがたく、地滑りが発生するおそれがある。

2 現に平成九年には、この南斜面の一部が地滑りしたという事件も発生している。

3 また、一号調整池の東斜面は、尾根の幅が狭いという特徴を持っており、調整池の水位が高くなると、調整池の内側と調整池の東側の地下水面に七〇メートル程の水位差ができ、強い水圧がかかることになり、しかも、東斜面の尾根は幅が狭いだけでなく、高い透水係数を有する地層から成り立っており、地下水が大きな水圧で東側に流動していくことが明らかである。

4 そうすると、地下水の流動は、徐々に地下水の流路を拡幅して流出量を増大し、いわゆるパイピング現象(浸透水流により、土粒子が流出して、地盤内にパイプ状の水路ができる現象)により、東斜面を崩壊していく危険性がある。

5 以上のとおり、一号調整池については、南斜面の地滑り、東斜面の崩壊という危険性があり、一号調整池の南斜面ないし東斜面が崩壊すれば、一号調整池の機能は停止し、九条谷川下流に土石流を発生させ、下流域に甚大な災害を及ぼすことになる。

(被告らの主張)

一  開発行為における地滑り・地盤崩壊の危険性とは、地盤防災工事による抑止が困難で、開発計画の変更または中止を要する規模の地滑り・地盤崩壊が生じるおそれがあるということであり、防災工事で地滑り・地盤崩壊が抑止できる規模であれば、開発行為において問題とならないと解すべきである。

二1  原告らは、「被告らの弾性波探査結果によれば、一号調整池を貫く位置の側線Aの北端において、弾性波速度毎秒1.0キロメートル以下の地盤が深さ三〇メートルにも達しているが、このような地盤は、著しい軟弱地盤であり、崩壊の危険が大きいと評価されるものである。」と主張する。

2  しかし、被告らは、本件ゴルフ場開発計画を立案するに当たり、地表・地質調査・物理調査(弾性波探査)、地質の直接調査(ボーリング調査)を行い、総合的にその安全性を判断している。

3  弾性波探査の弾性波速度による分類は、主に、岩盤の硬軟を示すものであり、強弱を示すものではなく、また、弾性波速度は、地形や地質に影響されるものであり、尾根部ではやや低くなり、谷部では高くなるのが一般的であり、地質的に古い地層は高く、新しい地層は低くなる性質を有している。

4  原告らは、弾性波速度毎秒1.0キロメートル以下の層を著しい軟弱地盤と主張するが、弾性波速度毎秒1.0キロメートルないし0.3キロメートルの層は、軟弱地盤ではなく、また、軟弱地盤とは、土の強度そのものによって定まるのではなく、上の構造物との相対的な関係によって決まるのであり、上に構造物の存在しない本件ゴルフ場建設については、原告らの軟弱地盤の主張は的外れである。

5  弾性波速度と地盤の固さとの関係は、岩石により異なり、また、弾性波速度は、尾根や谷などの地形の影響を受けるものであり、軟弱地盤とは、その上の構造物によっても定義が異なるが、N値一〇回以下の地層(沖積層、埋立・盛土層)を指すことが多く、そのような地層は、弾性波探査側線の尾根には存在しない。

三1  原告らは、「開発地一帯には、三波川変成岩類の上に非常に風化した礫層を主とする堆積物である菖蒲谷層が乗っている。」と主張する。

2  しかし、菖蒲谷層は、軟弱地盤ではないから、菖蒲谷層が軟弱地盤であることを前提とする原告らの主張は失当である。

四1  原告らは、「本件ゴルフ場開発地においては、地形ごとに尾根から沢に出てゆく地下水の流動系が存在し、地下水湧出の湧泉は至る所に存在しており、右湧泉の存在は、被告ら作成の地質図においても確認できるものである。」旨主張する。

2  しかし、本件ゴルフ場開発地は、不透水性の岩盤が浸食された山間地で、地下水が岩盤の深部に浸透できないことから、湧水が存在したり、地下水位が浅いのは当然であり、地下水の処理は、水路・礫暗渠等の施工で排水が可能であることから、造成地盤の安定性に問題はない。

五  バイパス河川の危険性について

1  原告らが主張するバイパス河川の危険性については、抽象的で具体的根拠のない仮定を積み重ねたもので、何ら危険性につき論証しているものではない。

すなわち、証人宇民正の、「バイパス河川の設置地点において、表面から一〇ないし二〇メートルの深さまで風化が進行している。」旨の供述は、単なる推測の域を出ないし、「杉の成長状況が不揃いである。」との供述も、手入れが悪いせいで、地質・地盤とは無関係であり、「杉の根が曲がっている。」との供述についても、山地斜面に一般に見られる表土の匍匐(ほふく)(クリープ)(一定荷重の下で時間の経過とともに歪みが増大する現象)であって、地滑りとは異なる現象である。

2  バイパス河川は、一般土木、農業土木の分野における谷部の造成においては、ごく一般的な工法であって、地質・地盤の関係についても、地質調査を行った専門家により、右バイパス河川の設置点においては、安全な施工が可能であるとの判断を得ている。

(森林の破壊)

(原告らの主張)

一  森林の機能

(水源涵養機能)

1 水の安定供給は、人が生活する上で不可欠の要請である。

2 わが国は、比較的豊富な降雨に恵まれているが、降水量の地域的・季節的変動も大きく、流域距離も短いため、一方では、渇水の危険が常に存在し、他方では、異常増水に伴う洪水の危険が存在することになる。

3 従って、水の流量をいかにうまく調節するかは、古くからの重要な課題であったが、その課題を最も有効に解決してきたのが、森林の水源涵養機能である。

4 水源涵養機能とは、端的に言えば、森林による洪水緩和機能と渇水緩和機能のことであり、この働きの主要な部分は、森林土壌が担っている。

5 森林の土壌においては、まず、その表面に落葉・落枝が積み重なり、さらに、土中は、土壌動物や土壌微生物の活動により、隙間の非常に多い団粒構造をなしているため、森林地帯に雨が降った場合、草地や裸地に比べて降水の土壌への浸透は、比べるべくもないほど円滑であり、結果として、異常な降雨時や融雪時においても、地表流となって短期間に河川に流入する量は極めて抑制されることになる(洪水緩和機能)。

6 他方、土壌に浸透した降水は、土壌中の大小さまざまな孔隙の中を下降して、地下水面に達し、徐々に河川に流出する。

7 このように森林においては、降水時と河川への流入時に時間差が生じるため、多少の晴天が継続しても、河川の流入が急減することはないのである(渇水緩和機能)。

(国土保全機能)

1 わが国は、全般的に地形が急峻であることから、雨水がその表面を流れるときには、必然的にその速度は速いものとなり、激しい浸食を伴うが、これは、豪雨時に、水流に土砂を伴った土石流が発生する危険の高いことを意味し、このような危険から住民の生活基盤を守ることも重要な課題であり、右課題を最も有効に解決してきたのが、森林の国土保全機能である。

2 国土保全機能とは、木の根が土を押さえること、つまり、樹木の土壌緊縛力を主な内容とする。

3 樹木は、自らの根を土中に張りめぐらせており、これが土や石を強力に固定する働きを持っている。樹木の根の引き抜きに対する抵抗力は、わずか直径一〇ミリの根でも約一四〇キログラム、直径二〇ミリの根でも約三〇〇キログラムと言われている。

4 森林地帯においては、多数の樹木の根が交互に絡み合い、これが、個々の土砂の流失を抑え、さらには土層のずれによる亀裂の発生をも防止している。

5 なお、前記のように、森林の地表には多数の落葉・落枝があり、これが地表を流れる雨水の流速を抑え、土壌の流亡を防止している。

6 この作用も森林の国土保全機能に含まれる。

(環境擁護機能)

1 現在、地球の温暖化を始めとする環境問題が議論されているが、それに伴い、森林の環境擁護機能が注目されている。

2 すなわち、地球の温暖化は、化石燃料の大量使用による大気中の炭酸ガス濃度の上昇が主な原因と考えられているところ、森林は、光合成という作用を行う過程で、この炭酸ガスを分解し、有機物と酸素を生成するからである。

3 さらに、森林には、硫黄酸化物や窒素酸化物を吸収する効果や防音効果も認められる。

(木材生産機能)

1 森林の経済的機能として、木材生産機能がある。

2 木造住宅は、わが国の文化を支えてきたものであり、特に、吉野地方は、先進林業地としてわが国の林業生産に重要な働きをしてきた。

(保健休養機能)

1 森林は、都市市民にとっても、ハイキングを始めとする貴重なリクリエーションや心身のリフレッシュに欠くことのできない場所として注目されている。

2 「森林浴」という言葉が最近使われているが、これは、樹木から発散されるフィトンチッドという物質が健康に良いとされていることから、使われるようになったものである。

3 特に、本件で問題となっている吉野地方は、昔から桜や紅葉の名所として多くの人が訪れて来た土地柄であり、歴史的環境に恵まれた保健休養に最適の森林を有している。

二  ゴルフ場建設による森林破壊とそれに伴う影響

(洪水や渇水の危険性)

1 森林の破壊によって、その水源涵養機能を喪失することにより、一方では洪水の危険が増加し、他方で渇水の問題も生じてくる。

2 特にゴルフ場の建設の場合は、芝生の下に砂を敷いて多孔管を埋設する等、水はけを良くすることが重視されるため、森林の持っていた保水機能は著しく損なわれることになる。

3 森林の土は、団粒構造と言われるように、空隙率が六ないし七割もあるほど隙間が多く、水を吸収しやすくなっているが、これは、土壌動物や土壌微生物の糞が多量に発生するためである。

4 ところが、ゴルフ場造成のために森林を伐採すれば、森林の土壌生物の数が減少する上、ゴルフ場で使用する殺虫剤や殺菌剤により、土壌動物や土壌微生物が絶滅すれば、水を貯える空隙がなくなり、保水力が著しく低下するのは当然のことである。

5 ゴルフ場が造成されれば、農業用水が氾濫したり、下流に洪水が起こったり、渇水時には、農業用水にも事欠くことがあるが、これは、森林の水源涵養機能を喪失した結果である。

6 一般的にゴルフ場では、森林の前記機能を補うために調整池が設置されるが、調整池では、森林の前記機能を補うには不十分である。

(災害発生のおそれ)

1 ゴルフ場建設の場合は、まず森林を伐採し、木の根を抜き取ってゴルフ場の造成を行うが、木の根を抜くと、土壌緊縛力が失われることになる。

2 森林を伐採しただけで、木の根を残した場合には、直ちに土壌緊縛力が失われないため、一〇年ないし二〇数年を経過し、根が腐ったころから、土砂崩れなどの危険性が増大することになる。

3 現に、長野県須坂市、栃木県茂木町、栃木県上河内村、長野県上田・小県地方や栃木県眞岡市などにおいて、ゴルフ場建設の影響による土砂崩れの災害が発生している。

(その他の影響)

その他、森林の持つ環境擁護機能、木材生産機能、保健休養機能が失われることによる影響も重要である。

三  本件ゴルフ場建設による森林破壊の影響

1  吉野山は、文化遺産が数多く存在するだけでなく、それが周囲の自然や歴史的風土と一体となって独特の歴史的環境を形成している。

2  吉野山の西隣の森林をブルドーザーで削り、本件ゴルフ場を建設することは、かけがえのない吉野の自然環境と歴史的環境を著しく破壊する行為である。

3  本件において、左曾川、奥六田川、九条谷川に近接する広大な森林が根こそぎ伐採されることにより、山容は一変し、その生態系も完全に破壊されるばかりか、森林破壊の影響は、当然その周辺部分に当たる六田地区にも及ぶことになる。

4  従って、本件ゴルフ場が建設された場合、原告らは、先祖の代から現在まで、綿々と享受していた森林の恩恵を喪失するばかりか、永久に洪水や渇水、または、土砂崩れや土石流等の災害の危険にさらされることになる。

5  なお、本件ゴルフ場建設予定地の森林は、天然林ではなく、人工林であるが、水源涵養機能や国土保全機能を豊富に有していることに変わりはない。

(被告らの主張)

本件ゴルフ場開発区域は、吉野・熊野国立公園外に位置しているものであり、右開発区域のほとんどが、いわゆる自然林ではなく、古い時代から伐採・植樹を繰り返してきた人工林であり、しかも、本件ゴルフ場建設に伴う森林伐採比は、約三〇パーセントに過ぎず、被告らの本件ゴルフ場建設に伴う森林伐採により、原告ら主張の被害が生じるおそれはない。

(農薬等による被害)

(原告らの主張)

一1  農薬には、急性毒性・慢性毒性・催奇形性・変異原性・発ガン性などの毒性が存在する。

2  このため、わが国では農薬については、農薬取締法による農薬の認定登録制度を採用し、登録を受けない農薬は、販売してはならないとされている。

3  しかし、この認定登録に当たっては、実施される薬効・薬害試験・毒性試験・残留性試験のデータが公表されておらず、果して農薬のあらゆる危険性を考慮して決められたものかどうかは疑わしく、しかも、登録農薬の新しい毒性が判明する場合もある。

4  ゴルフ場における農薬使用については、奈良県の例を見るまでもなく、一応の基準が設けられ、指導がなされ、マニュアルが定められている。

5  しかし、奈良県の基準は、厚生省や環境庁の基準がそのまま横写しされたもので、異常事態が発生しても、奈良県とゴルフ場のみが話し合うこととされるのみで、地域住民に情報が公開されないなど、不十分なものである。

二1  現在わが国では、ゴルフ場の排水口での水質の暫定指導指針値(環境庁)及び水道取水点での原水の暫定的水質目標値(厚生省)を定めている。

2  そして、奈良県においては、これら国の基準を上乗せ規制することなく、そのまま利用した基準値をもうけ、実際にゴルフ場からの排水を調査すると、これら基準値をほぼすべてのゴルフ場がクリアしているという発表がなされる。

3  しかし、この指針値あるいは目標値は、安全とする根拠となるデータが公開されておらず、監視項目に上がっている農薬も限定されている上、その値の根拠自体が不明確であり、水質目標値の方が、WHOの飲料水水質ガイドラインより規制が甘い例もあり、農薬の分解物の毒性も考慮されていない。

4  また、この水質調査も、どのような条件のもとで、採水されたかは不明とされるなど、信用しがたいものである。

5  しかも、この指針値や目標値は、飲料水源としての危険性だけに基づくものであり、水系生態系への影響を考えていない。

6  ところで、ゴルフ場において使用された農薬等化学物質が、ゴルフ場の構造上、水・土・大気を通して容易にゴルフ場外に流出し、被害をもたらすことは周知の事実である。

7  ゴルフ場の排水水質調査の結果が指針値や目標値をクリアしているからと言って、人間の身体・生命に影響がないとはいえないし、河川の自然環境に悪影響を及ぼさないとはいえない。

三1  「ゴルフ場の農薬は、許容一日摂取量(ADI)を越えて人が摂取するおそれはない。」と主張されることがある。

2  許容一日摂取量(ADI)とは、「ある物質につき、ある実験をして、ある条件につき、ある生物に対する影響(慢性毒性)を調べた結果、現時点では、そのままの量までであったら、影響は見られないだろう。」という目安に過ぎず、しかも、近時、内分泌撹乱化学物質、いわゆる環境ホルモン問題が明らかになり、従来から指摘されていた農薬の毒性、特に催奇形性・変異原性・発ガン性の意味が、生体内の作用メカニズムから解釈すれば、内分泌系への作用結果らしいことが判明してきた。

3  この内分泌撹乱化学物質、いわゆる環境ホルモンとは、「生体内に入ると、あたかもホルモンのような働きをして、ホルモンの働きを狂わせる環境内に放出された化学物質」を意味し、その人体への影響については、質量ともに不明確な点があるが、従来安全と言われていた化学物質についても、より一層の注意が必要となることは明らかである。

4  そして、この作用の存在が疑われる物質の中には、従来からゴルフ場において使用されることが前提とされている農薬が含まれている。

5  しかも、この環境ホルモンについては、閾値(しきいち)(ある現象を起こすための最小の値)があるかどうかは不明とされており、ADIのように、ここまでなら大丈夫という考え方が誤っていることを明らかにしている。

6  結局、農薬には許容量というものはないとういべきである。

四1  ゴルフ場においては、元来、グリーンやフェアウエイ等の芝生の占める面積が多く、この芝生の美しさを保つため、施肥をしばしば行う必要があり、しかも、ゴルフ場は、その構造上、極めて保水力が低く、従って、保肥力も低く、その上、ゴルフ場の土壌は、開発の過程で表土をはぎ取ってしまうことにより、もともと有機物が少ない上に、多量に使用される農薬や殺菌剤により、土壌中の微生物が死滅し、地力が低下しており、その結果、ゴルフ場において美しい芝生を維持するためには多量の肥料を使用せざるを得ない状況にある。

2  そのため、ゴルフ場において使用された肥料がゴルフ場の外へ流出し、河川水を汚染するおそれは極めて強いといえる。

3  具体的には、ゴルフ場造成による自然破壊により、自然的な栄養塩類の流出形態に変化が生じ、クラブハウス等から排出される生活系負荷が増加する上に、施用された肥料分が流出することにより、河川水の富栄養化が進行することになり、また、窒素肥料の多用による硝酸態窒素の流出が、人間や動物の健康に悪影響を及ぼす可能性もある。

五1  本件ゴルフ場においては、未だ使用される農薬等化学物質の詳細と使用方法が具体的に明らかにされていないものの、ゴルフ場の構造や立地からいって、使用された農薬等化学物質が、奥六田川と九条谷川に流下し、ひいては吉野川を汚染する可能性は十分にある。

2  そして、原告らのうち、奥六田川と九条谷川に水利権を有し、両川の水を農業用水として利用している者は、直接本件ゴルフ場からの排水に含まれて排出される化学物質により、その水質が悪化し、農作物が汚染され、また、農作業等に際し、汚染の危機にさらされることになる。

3  また、奥六田川と九条谷川が吉野川に注いだ地点から、約四キロメートル下流にある下渕頭首工から取水される農業用水は、大和平野一円に広く給水されているから、この農業用水を利用する者も、本件ゴルフ場からの排水に含まれて排出される化学物質により、その農作物が汚染され、また、その農作業等に際し、汚染の危機にさらされることになり、この農業用水を使用して栽培される農作物を食べる者も、化学物質による汚染の危機にさらされ、健康に被害が及ぶことになる。

4  なお、原告らのうち、本件ゴルフ場からの排水の直下流に位置する六田地区に住む者は、農作業以外にも、工業・養鶏・飲み水などに日常的に前記河川の水を利用しており、水に触れるたびに汚染の危機にさらされ、健康に被害が及ぶことになり、その他の原告らも、六田地区を訪れた場合は、六田地区住民と同じ立場になる。

5  また、ゴルフ場開業後使用される化学物質等により、奥六田川と九条谷川に住むさまざまな生物が被害を被り、自然環境や生態系が破壊されることになる。

6  吉野川には、流域自治体の水道の取水口があるほか、下渕頭首工と下市取水場で取水された県営水道が、御所浄水場で浄化され、奈良盆地の各市町村の受水池に送水され、各家庭に給水されており、また、吉野川流域の大淀町・下市町・五條市の各自治体水道では県営水道からの受水は行われず、吉野川から直接取水し、これを一〇〇パーセント自己水源として、各家庭に給水している。

7  しかし、現在の浄水処理施設では、ゴルフ場に使用された農薬等化学物質による影響を完全に除去することは困難であるため、水道水を飲む住民らに健康被害が生じる可能性がある。

8  以上のような原告らに対する権利の侵害は、開業に先立つ本件ゴルフ場建設工事による奥六田川と九条谷川の汚濁により、既に生じているところである。

(被告らの主張)

一  農薬使用による河川への流出については、全国的な測定結果によれば、平成二年三月までの検出濃度は、いずれも環境庁の指定基準を下回るものであって、右測定結果によれば、原告らが主張する農薬の河川への流出による人体の危険性という考え方は、飛躍的かつ妄想的なものであることは明らかである。

二  被告らは、農薬を使用するに際しては、減農薬使用管理を基本とし、かつ、関係諸法令、要綱、各協定の各基準遵守を最低限のものとし、河川その他への流出等の危険性防止のための工法等による物理的措置を最大限にする考えでおり、これを前提とする限り、農薬等化学物質による原告らに対する権利侵害のおそれはない。

(差止請求の根拠)

一  人格権

(原告らの主張)

1 本件ゴルフ場の治水計画には重大な誤りがあり、右治水計画により、不可避的に開発地下流の九条谷川流域や奥六田川流域で、溢水被害をもたらす危険性が大きい。

2 また、本件ゴルフ場予定地の地質等に照らし、ゴルフ場が被告らの計画どおりに施工され、仮に、適正な管理がなされたとしても、ゴルフ場内での地滑り・地盤崩壊や下流への土石流などの大規模災害が発生する危険性が高い。

3 これらは、いうまでもなく、地元居住者である原告らの生命・身体・財産等を侵害するものである。

4 特に、(調整池に関する問題点)の項で指摘した地元居住者である原告らが居住する住宅と、九条谷川及び奥六田川との位置関係等に照らせば、別紙民家等の位置関係図上に指摘した住宅に居住する原告らに重大な権利侵害が発生することが強く予測される。

5 また、本件ゴルフ場で使用される農薬等化学物質は、ゴルフ場から流出する水を通じて、地元居住者である原告らの生命・身体に悪影響を及ぼすばかりか、吉野川に流入した後摂取され、県下に上水道として給水される結果、広く奈良県民である原告全般にまで健康上の被害をもたらす危険がある。

6 従って、原告ら全員は、被告らに対し、人格権に基づく本件ゴルフ場建設工事差止請求権を有する。

(被告らの主張)

本件ゴルフ場建設工事により、原告らの生命・身体・財産等に侵害が生じるおそれはなく、仮に、原告らに何らかの侵害が生じるとしても、金銭補償で賄うことが可能であり、本件ゴルフ場建設を差し止めなければならない程度のものではない。

二  水利権

(原告らの主張)

1 原告らが主張する水利権の意義及び内容

水利権には、河川管理者の許可によって成立する許可水利権と、旧河川法施行前から、主として潅漑用水の占使用権として地方ごとに慣行的に成立していた慣行水利権があるが、原告らの主張する水利権は、後者の慣行水利権であり、公流水の使用権、いわゆる特別使用(特定人が流水を排他的・独占的かつ継続的に使用する場)を意味し、水利用の態様から区別すれば、農業水利権に属し、法源という観点から分類すれば、法例二条に基づく慣習法上の水利権(慣行水利権)に属する。

2 慣行水利権の成立要件・性質・内容

(一) 慣行水利権は、法例二条に基づく慣習法上の水利権であるから、慣習の存在が認められれば、権利として成立する。

(二) 慣行水利権が成立するためには、事実的な水利用が長期にわたって反復継続されること、その水利用の正当性に対する社会的承認が存在することが判例上要求されている。

(三) 水利権の社会的承認成立の要素としては、一般的には、水利施設物の設置・維持管理・補修の責任の有無、それらのための費用負担・労働負担の有無等が考えられている。

(四) 慣行水利権の法的性質については、物権類似の権利として物権的効力が認められている。

(五) 農業水利権は、抽象的には、河川の流水を農業のために継続的・排他的に使用する権利ということができるが、継続的な水使用が農業を営むための不可欠な要素であることから、水利権を保護することにより、取水により、それまで継続してきた農業を保護するところにその本質がある。

(六) このことから、農業水利権の具体的内容としては、農業を営むために通常必要とされる時期に、使用に耐えうる質で、かつ、その使用目的にかなった量の水を、継続的・排他的に使用する権利ということができる。

(七) 従って、例えば、田植えの時期に渇水状態に至らしめたり、同時期の流水を農業に使用できないほど汚濁したり、逆に水が必要ではない時期に、河川の水を溢水させ、農地に侵入させるような行為は、農業水利権の侵害と位置付けられる。

3 慣行の存在

(一) 六田地区において、奥六田川及び九条谷川から取水している田の位置、田の所有者及び耕作者・所属水利組合並びに当該田の面積については、別紙田の配置図、右配置図の説明書及び水利権者目録記載のとおりである。

(二) 前記田の耕作内容については、約六五パーセントの田は、現在稲作を行っており、その他は菊や野菜を栽培し、また、休耕田になっているが、現在稲作を行っていない田も、別紙配置図49の田を除いては、何時でも田として使用できる状況である。

(三) 取水期間については、明治時代には、別紙配置図記載の田は、既に開墾されており、当然奥六田川や九条谷川からの取水もなされていた。

(四) 取水口は、奥六田川に四か所、九条谷川に一か所あり、河川からの田への水路は、川から田に直接取水できないときに設置されたもので、取水口や水路は、明治以前に田を耕作するのに必要な者が集まって作られたものである。

(五) 取水の順番等の協議については、主に田植えの時期に、上流の耕作者と下流の耕作者が協議をした。

(六) 奥六田川には、上流から、古寺水利組合、上の坊水利組合、六田題水利組合の三組合があり、九条谷川には、上流から、九条谷水利組合、岸田水利組合の二組合があり、水利組合の役目は、取水口の管理と水路の管理・掃除と補修である。

(七) 費用や労働の負担については、水利組合ごとに人々が集まって、掃除や補修を行ってきており、また、六田題水利組合は、年間会費を徴収し、補修等の経費に当てており、その他の水利組合は、費用が発生したときに、反別に従って、全員で負担している。

(八) 奥六田川については、近隣の住民が、野菜等を洗ったり、消防用水としての使用を行っており、地元住民の生活と密着している。

4 別紙水利権者目録記載の原告らの水利権

以上によれば、別紙水利権者目録記載の原告らが、慣習法上の農業水利権を有していることは明らかである。

5 別紙水利権者目録記載の原告らの水利権に対する侵害の危険

(一) 本件ゴルフ場の治水計画によれば、九条谷川上流には、一号調整池と二号調整池が設置され、二号調整池から流出した水が、一号調整池に流入し、その後に九条谷川に放流され、また、奥六田川の上流には、三号調整池と四号調整池が設置され、三号調整池から流出した水が、一旦四号調整池に流入し、その後奥六田川に放流されることになっている。

(二) しかし、前記(調整池に関する問題点)や(本件ゴルフ場の造成・構造の問題点)の項で指摘したとおり、被告らの治水計画では、前記両河川において溢水が生じる危険性が極めて高く、また、地滑りや地盤崩壊等により、一号調整池及び四号調整池の機能麻痺が発生し、右両河川において、溢水あるいは土石流が発生する危険性が極めて高い。

(三) 従って、前記のような災害が発生した場合には、別紙水利権者目録記載の原告らの水利権侵害と評価することができる。

(四) 本件ゴルフ場建設による建設予定地の森林が伐採され、森林の水源涵養機能が失われ、その森林を水源地とする奥六田川や九条谷川における洪水と渇水の危険が発生する。

(五) そして、前記のような洪水や渇水が発生した場合には、別紙水利権者目録記載の原告らの水利権侵害と評価することができ、また、本件ゴルフ場が建設されれば、使用される農薬等化学物質が開発地外に流出し、九条谷川及び奥六田川の水を汚染する危険性が極めて高く、前記のような汚染が発生した場合には、別紙水利権者目録記載の原告らの水利権侵害と評価することができる。

6 従って、別紙水利権者目録記載の原告らは、前記水利権に基づく妨害予防請求権として、本件ゴルフ場建設工事の差止めを求める権利を有する。

(被告らの主張)

一  別紙水利権者目録記載の原告ら主張の水利権については、その取水時期や取水量につき、統一的・確定的な定めがないことからすれば、右原告らの取水は、河川存在を前提とした反射的利益の享受にすぎないもので、権利性はないといわなければならない。

二  仮に、別紙水利権者目録記載の原告らが、その主張のような水利権を有しているとしても、右原告らが主張するような溢水等による水利権侵害のおそれは存在しない。

三  歴史的環境権

(原告らの主張)

(歴史的環境保護の重要性)

1 歴史的環境とは、我々に生活環境の時間軸を感じさせてくれるもの、すなわち、今我々が生きている世界が、過去から将来への時間の流れの中にあることを実感できる環境要素であり、環境要素の中で、歴史的建造物とか、道端の石像物、考古学的な遺跡、古くから続いている町並み、それと一体となった林とか森といった自然環境も含めて、我々に歴史を実感させてくれるようなものをいう。

2 自然環境と歴史的環境が、相互に切り離しえないものとして結びついていることに照らせば、歴史的環境を含む自然環境の急激かつ大規模な改変が、風景の安定を希求する人間の精神生活に及ぼす影響は甚大である。

3 わが国が一九九二年に批准した世界遺産条約は、人類全体にとって顕著で普遍的な価値を有する文化遺産及び自然遺産を、国際的連帯によって未来永久に守り続けようとしており、近時、わが国の様々な文化遺産及び自然遺産が世界遺産として登録されていることは、まさに歴史的文化的環境及び自然環境の保護の重要性が社会的な流れになったことを示している。

4 そして、歴史的環境は、それ自体が直接的な歴史・文化・伝統探究の対象となるものであり、歴史家の学問研究の対象であり、文化人らの文化活動の源でもある。

5 また、日本の国民にとって、歴史的環境は、文化遺産そのものであり、歴史を追想し、人間として、民族としての存在認識を確かめるためのかけがえのない財産であると同時に、当該地域民にとっては、歴史的・文化的環境は、その生活環境の一部であり、人間の精神生活上の重要な価値を有する。

6 従って、歴史的環境の破壊は、歴史家や文化人・地域住民のみならず、日本国民全体にとって、その歴史的支柱を奪うに匹敵する暴挙であり、それは、人間の存在自体の否定にほかならない。

(歴史的環境権の重要性)

1 今や人間が良好な環境を享受する権利、すなわち、環境権を有することは世界的な流れとして定着している。

2 そのような流れの中で、歴史的環境にも、その重要性に鑑み、権利性が認められるようになってきた。

3 すでにイタリアにおける景観保全法(ガラッソ法、一九八五年制定)に見られるように、世界においても、歴史的環境を保護する立法がなされている。

4 わが国においても、歴史的建造物や遺跡を保護する文化財保護法、歴史的風土保存制度を創設した古都保存法、歴史的環境を保護するための条例(山梨県景観保護条例)などが制定され、また、歴史的建造物群を保護対象に追加した文化財保護法の改正がなされている。

5 その中でも、大阪府環境基本条例は、その前文において、「良好で快適な環境を享受することは、府民の基本的な権利であり」と規定し、環境権の権利性を確認している。

6 すでに裁判例においても、「日光太郎杉訴訟」(東京高裁昭和四八年七月一三日判決)や「二風谷ダム事件」(札幌地裁平成九年三月二七日判決)において、歴史的環境を保護されるべき利益として認めている。

7 歴史的環境権の法的根拠としては、環境権と同様、自由権として憲法一三条が上げられ、また社会権である憲法二五条も考えられ、この憲法の規定を受け、環境基本法や文化財保護法などの実定法、さらに右法律における条理が相まって、歴史的環境権の権利性を保障しているのである。

8 歴史的環境権の主体は、歴史的環境権の総体が国民全体に帰属するものであり、訴訟に即せば、裁判所が、歴史的環境権を主張しようとしている人々のこれまでの歴史的環境問題への関わり、その地域の環境への愛着・経過を総合的に判断し、地元住民や学者文化人などに一種の代表的出訴資格として決めることが可能である。

9 また、歴史的環境権の客体は、国民・学術経験者・一般国民の立場から、自ずと明らかにされるものである。

10 そして、この歴史的環境権が、差止請求権としての性格を表すのは、まさに歴史的環境が破壊される局面においてであり、歴史的環境権が認められるかどうかは、歴史的環境権を享受する利益とそれを破壊して得られる利益との比較衡量によって決定される。

(吉野の歴史的環境の重要性)

1 吉野山は、大峰山脈北側の尾根に広がる一帯を言い、自然と歴史が一帯となって溶け合った歴史的環境を有している。

2 吉野は、古代以来一貫して、政治の中心舞台を背後から支える場、人々の心を休め、文化を涵養する場として、日本人の精神史の中に非常に大きな位置を占めてきた。

3 吉野の歴史は、この地の自然の持つ神聖なたたずまいを不可欠な要素として展開してきた。

4 本件ゴルフ場が建設される尾根付近は、蔵王堂以下、吉野山の中心施設の建ち並ぶ主尾根の西隣であり、景観上無視できない位置にあり、歴史的に見ると、この尾根の下がった地点、六田地区は、吉野山中心部へ入るルート、修験の行場では大峰七十五靡に当たり、金峯山寺中興の祖聖宝が開いたと伝えられる六田の渡しがあり、南朝の軍事的拠点吉野城塞群の左翼の要衝である六田城は、この六田の渡しを押さえる地点にある。

5 古来以来、吉野の中心として仰ぎ見られた青根ケ峯を扇の要とし、東西に広がりながら下がる三角形の範囲の山々は、南朝方の城塞群と重なる密接不可分の地区を構成し、景観上も、蔵王堂地区と一体化して認識されており、西は、下市まで吉野山と一体の地区を構成しているが、その中でも主尾根に次ぐ重要な尾根筋である。

(本件ゴルフ場建設による歴史的環境権の侵害)

1 吉野の景観・環境は、世界歴史遺産に匹敵する貴重な歴史的・文化的意味空間である。

2 本件ゴルフ場が建設されれば、国立公園であり、名勝に指定された吉野山の真横の広大な緑が伐採され、そこに極めて現実的かつ人工的なゴルフ場という環境要素が加わることになり、それは、吉野の景観・環境の特性である広がりを持った豊かな自然と歴史的環境権を著しく破壊することは明白である。

3 歴史的環境を享受し、これを守ることは、現在を生きる人間の義務であるとともに権利であり、人の精神生活や自己実現に必要不可欠な基本的人権である。

4 従って、環境の破壊行為は人権侵害であり、被害の重大性・回復の困難性に照らせば、すべての原告が、歴史的環境権に基づき、本件ゴルフ場建設工事の差止請求権を有するというべきである。

(被告らの主張)

原告ら主張の歴史的環境権については、社会通念上、権利内容が成熟し、一義的かつ明確に定まっているとはいえず、法的権利とは認められない。

四  環境権・自然享有権

(原告らの主張)

(環境権)

1 大気や水・日照・通風・自然の景観等の自然の資源は、人間の生活にとって欠くことのできないものであり、万人に平等に分配されなければならない資源であって、それは、当然に、万人の共有に属すべき財産であるが、環境の共有者の一人が、他の共有者全員の承諾を得ないで、環境を独占的に支配し、利用して汚染することは、他の共有者の権利侵害となり、権利を侵害された者は、みだりに環境を汚染し、快適な生活を妨げ、あるいは妨げようとしている者に対し、妨害の排除又は予防を請求する権利があり、これが環境権の考え方である。

2 環境権は、憲法一三条及び憲法二五条の規定に根拠を持つ基本的人権であり、かつ、住民の一人一人が直接裁判所に訴えることができる具体的な私法上の権利であり、排他的な支配権である。

3 本件ゴルフ場建設は、森林を破壊し、吉野山の貴重な歴史的景観を著しく損ない、環境汚染物を大量に排出することにより、すべての原告ら地域住民の環境権を違法に侵害するものである。

4 従って、原告らは、被告らに対し、環境権に基づき、本件ゴルフ場建設工事を差し止める権利を有する。

(自然享有権)

1 自然享有権とは、国民が、生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受する権利であり、国民は、この権利が侵害されるような自然破壊行為や、将来それが侵害される可能性がある行為に対しては、それを排除しようとすることになる。

2 前記のような自然享有権は、自然法的権利に属するが、健康で文化的な生活を維持するのには、自然の恵沢を享受することが不可欠な権利という側面から見ると、憲法二五条に、また、国民が、生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受することを妨げられない権利であるという側面から見ると、憲法一三条に、それぞれの根拠を有する。

3 本件ゴルフ場建設工事が、重大な自然破壊行為であることは明白であるから、原告らは、被告らに対し、自然享有権に基づき、本件ゴルフ場建設工事を差し止める権利を有する。

(被告らの主張)

一  原告ら主張の環境権については、実定法上規定がなく、権利の主体・客体・内容が不明確であり、私法上の権利として認めることはできない。

二  原告ら主張の自然享有権については、原告らは、元来右権利が、国や地方公共団体等の所有に帰する官有林を対象として提唱されてきたものであるという特殊性を看過し、その理論構成もほとんどなさないまま、そのほとんどすべてが民有林である本件ゴルフ場建設対象区域の森林につき、権利を主張するもので、主張自体失当であるといわなければならない。

(受忍限度について)

(原告らの主張)

本件ゴルフ場建設工事による原告らに対する利益侵害は、次のとおり、受忍限度を超えるものである。

一  被害の重大性

1  本件ゴルフ場建設は、九条谷川や奥六田川下流に居住する原告らに対し、溢水や土石流等の災害を発生させる危険性が高く、そうなれば、絶対的価値を有する原告らの生命・身体や財産等の重要な権利・利益に重大な被害をもたらす。

2  しかも、発生が予想される災害は、二つの河川の下流域全域に広がることが予測され、広汎な被害をもたらすおそれがあり、このような被害の重大性、広汎性に照らせば、本件ゴルフ場建設による権利侵害が受忍限度を超えることは明白である。

3  特に、本件ゴルフ場建設予定地周辺は、国立公園であり、名勝に指定された吉野山に隣接する地域であり、豊かな自然に恵まれ、ゴルフ場開発とは全く無縁であるはずの地域である。

4  しかも、地質の風化が強度に進んだ地域であり、造成や切盛土という大規模な地形の人工的改変が最も避けられるべき地域であり、このような場所に、地元に居住する原告らの人格権や、広く奈良県民である原告らの歴史的環境権を侵害してまでゴルフ場を建設することには、なんらの合理性も有用性も存在しない。

二  公共性の欠如

1  被告らが、原告らの権利を侵害してまで達成しようとするのは、ゴルフ場の開発・建設・経営という経済的利益であるが、その本質は、安価な地方の不動産の開発による値上がり益の獲得であり、あるいは、超高額な会員権の大量販売による利潤の運用であり、そこに存在するのは、企業の勝手な利潤追求のみであって、なんらの公共性も社会的有用性も存在しない。

2  本件ゴルフ場が建設されても、当該施設を利用するのは、会員権を有する一部の利用者に過ぎず、地元の住民らが広く利益を享受するものではなく、また、利益の内容においても、単なるレジャーに過ぎず、利益の質という面でも高い価値を有するものではない。

三  本件ゴルフ場差止による影響の軽微さ

1  村本建設株式会社は、本件ゴルフ場を含めた無謀なゴルフ場開発事業を原因の一つとして、平成五年一一月、会社更生法の適用を申請して事実上倒産した。

2  そして、被告奈良森林観光開発株式会社が、村本建設株式会社の完全子会社であることからも明らかなように、被告らによる本件ゴルフ場開発は、実際に建設工事がスタートする当初から、経営的に事実上頓挫していたのである。

3  現に、村本建設株式会社の倒産により工事は中断し、以後防災工事の名目で工事が再開されたが、その進捗状況は遅々としたものであり、工事完成や営業開始の目途は、客観的に見て立っているとは言いがたく、この点は、資金面から見ても明白である。

4  すなわち、本件ゴルフ場については、村本建設株式会社倒産当時、会員権は三〇〇口しか売れていないとか、会員一九七名、合計金一六億円の預託金しか集めていないと言われている。

5  しかも、本件ゴルフ場を完成させ、オープンにこぎつけるには、造成工事やクラブハウスの建設にさらに五〇億円から六〇億円を要するとのことである。

6  しかし、少なくとも、被告奈良森林観光開発株式会社にめぼしい資金はなく、また、昨今のゴルフ場開発事業を取り巻く厳しい情勢に照らし、新たな資金調達の見込みはなく、本件ゴルフ場の開業にこぎつけることは、資金的に見て、著しく困難ないしは不可能といわざるを得ない。

7  本件「吉野桜カントリークラブ」につき、任意売却の引き受け手が見つからない状態が続いていることは、村本建設株式会社も認めるところである。

8  このように、本件ゴルフ場の建設工事の進捗状況はもとより、経営的にも、本件ゴルフ場は、建設と開業の見通しが立っていないことは明らかであり、現時点で本件ゴルフ場の建設を差し止めたとしても、これによる経済的影響は重大ではなく、むしろ、そのような状況の下で本件ゴルフ場建設工事が続行されれば、現在でも不十分というほかない治山対策・治水対策や農薬等化学物質の使用や処理が、資金不足や経営不振を原因として、さらにおろそかになるおそれさえある。

四  住民無視の本件ゴルフ場開発経過

1  本件ゴルフ場開発行為は、建設予定地下流の六田地区住民の意思を無視して強行されたものである。

すなわち、六田地区は、本件ゴルフ場の開発に対し、終始一貫して反対していたのに対し、被告らは、六田地区の役員らに対し、連日訪問して説得し、あるいは家族の職場を通じて圧力をかけるなど、強引な説得工作を続け、六田地区住民の本件ゴルフ場開発反対の姿勢が強いと見るや、建設予定地から六田地区をはずし、従来のゴルフ場開発許可に先立つ事前協議においては、建設地域を源とする河川直下流の水利組合の放流同意書が要求されていたにもかかわらず、六田地区長の同意書なしのまま、平成三年一二月一三日、事前協議を終了したとしたのである。

2  また、本件ゴルフ場の開発許可にも様々な問題点がある。

(一) 奈良県知事は、平成四年一二月二四日付けで、本件ゴルフ場建設に対して、都市計画法二九条の開発許可、森林法一〇条の二の林地開発許可及び宅地造成等規制法の許可を行った。

(二) しかし、都市計画法に基づく許可については、本件ゴルフ場は、都市計画法三三条七号にいう防災の観点から、守るべき最低限の基準を満たさないものである。

(三) また、森林法に基づく許可については、本件ゴルフ場開発は、森林法一〇条の二の林地開発許可を要する開発行為であり、林野庁通達「開発行為の許可基準の運用について」にあるように、ゴルフ場の造成にかかる切土量、盛土量がそれぞれ一八ホール当たり概ね二〇〇万立方メートル以下でなければならないにもかかわらず、本件ゴルフ場開発における右土量は、盛土が約二二九万立方メートル、切土が約二〇六万立方メートルであり、右土量の規制を大幅に越えている。

(四) しかも、森林法に基づく林地開発許可については、「申請者に開発行為を行うために必要な信用及び資力があること」が一般的要件とされているにもかかわらず、許可の翌年には、村本建設株式会社は、会社更生法の適用を申請して事実上倒産している。

(五) 村本建設株式会社が五〇〇〇億円を大幅に越える負債を抱えていたという客観的事実に照らせば、林地開発許可を申請し、奈良県知事が許可を行った時点でも、村本建設株式会社には相当の負債が存在し、その経営状況は、かなり逼迫したものと推測され、本件ゴルフ場建設が本来許可されるべきものではなかったことを示すものである。

3  被告らは、本件ゴルフ場建設工事につき、環境アセスメントを行っていない。

(一) 奈良県においては、ゴルフ場建設に当たって環境アセスメントを行うことを義務付けられてはいないけれども、災害等をもたらす潜在的危険を内包した開発行為を行う者が、予め環境影響評価を実施し、その結果を公開し、地元住民らに説明すべきことは、被害の発生を未然に防止するとともに、住民の不安を解消し、開発についての同意と納得を得るためにも必要不可欠な民主的手続と位置付けられるべきあり、このような手続を踏まない開発事業は、地元住民である原告らを始めとする原告らの権利を侵害してまで実施されるべき合理性や必要性が認められない。

(二) この点においても、本件ゴルフ場建設工事の差止が認められるべきである。

4(一)  本件ゴルフ場の建設に対しては、当初、地元住民を始めとして合計二三九四名もの奈良県民が原告となって本件訴訟を提起した。

(二)  また、奈良県民はもとより、全国から反対運動に賛成する声援が送られ、多数の学者・文化人からも、本件ゴルフ場建設を中止し、吉野の歴史的環境を守るべきことを求めるアピールや要望がなされ、その後も、運動は広がりを見せた。

(三)  これは、名勝「吉野山」の歴史的環境の重要性を示すとともに、吉野山の真横に本件ゴルフ場を建設することが、きわめて不当なことであって、かかる開発行為は是非とも中止すべきであるとの原告らの主張に大きな共感が得られた結果にほかならない。

(四)  まさに、本件ゴルフ場の建設工事差止は、奈良県民を始め、多くの人々の一致した総意である。

(被告らの主張)

一  本件ゴルフ場建設が、被告らの利益獲得事業という面があることは否定できないとしても、一般的には、ゴルフが、肉体的・精神的な健康の増進に資するものであることから、日本において最大の愛好者数を得ているスポーツであり、また、社交活動の場としての有用性があることは周知の事実であり、特に、本件ゴルフ場建設については、地元の活性化・環境整備を図るものとして、吉野町民の大多数の賛同を得ているものであり、これらの点を無視した原告らの主張は、あまりにも一方的かつ無謀な主張であるといわなければならない。

二  また、原告ら主張の権利侵害は、全く存在しないか、仮に、何らかの権利侵害が生じるとしても、金銭補償が可能な程度の損害であり、少なくとも、本件ゴルフ場建設工事により、原告らに対して、本件ゴルフ場建設工事を差し止めなければならないほどの生命・身体等への重大な権利侵害が生じるおそれはない。

第三  争点に対する判断

(調整池に関する問題点)

一  甲四、五、二七の一ないし七、四四、四五の一・二、五七の一ないし一九、五八の一ないし五、五九の一・二、一三〇、乙一、三、一六、検証の結果、証人上田尚行及び同宇民正の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 本件ゴルフ場の開発区域は、九条谷川、奥六田川及び左曾川の河川に跨がり、主として、九条谷川と奥六田川の各流域が開発され、各流域に二つずつの調整池が設置される計画になっている。

2 調整池は、開発により増加した流出水量を一時的に貯留し、一定水量のみを下流に流すことで、下流河川の洪水調整を行うものである。

3 調整池から放流可能な水量は、下流河川の流過能力を基準に一定量に限定しなければならず、調整池の放流口(オリフュス)の位置、大きさ等の構造は、それを前提に設計され、また、調整池に流入する水量は、流域面積の大きさ、造成地の占める割合、降雨量等によって決まるため、この流入量の計算と前記流出量との関係によって貯水量が決まり、調整池の大きさ、堰堤の高さ等の構造が決定される。

4 本件において、前記各設計は、奈良県土木部河川課作成の「宅地及びゴルフ場等開発に伴う調整池技術基準」に従ってなされている。

5 本件各調整池の洪水調節容量等算定のための計画対象降雨については、五〇年確率の降雨強度式が用いられている。

6 九条谷川流域には、一号調整池と二号調整池が設置され、二号調整池から流出した水が、一号調整池に流入し、その後に一号調整池から九条谷川に放流され、また、奥六田川流域には、三号調整池と四号調整池が設置され、三号調整池から流出した水が、四号調整池に流入し、その後四号調整池から奥六田川に放流されることになっている。

7 左曾川流域の開発区域では、造成する面積は大きくなく、造成する部分の雨水は、一号調整池と二号調整池に流入させる計画である。

8 本件ゴルフ場開発前の開発区域の流域面積(雨水が流入する面積)は、九条谷川水系が、30.3ヘクタール(約27.4パーセント)、奥六田川水系が、64.0ヘクタール(約57.9パーセント)、左曾川水系が、16.3ヘクタール(約14.7パーセント)となっている。

9 九条谷川水系の治水計画(乙一六)

(一) 二号調整池の流域面積は、11.69ヘクタール(うち、造成地部分が、10.45ヘクタール、自然地部分が、1.24ヘクタール)であり、一号調整池の流域面積は、33.01ヘクタール(うち、造成地部分が、14.18ヘクタール、自然地部分が、5.94ヘクタール、開発区域外部分が、1.20ヘクタール、二号調整池流域面積が、11.69ヘクタール)となる。

(二) ただし、一号調整池及び二号調整池は、左曾川流域の一部を取り込んでおり、左曾川流域から九条谷川流域に変更になった流域面積は、3.38ヘクタール(16.3ヘクタール−12.92ヘクタール)であるから、一号調整池の流域面積のうち、元から九条谷川流域であった部分の流域面積は、29.63ヘクタール(33.01ヘクタール−3.38ヘクタール)となる。

(三) 本件ゴルフ場開発区域で、九条谷川流域である所は、ほとんど一号調整池に流入することになっているが、0.82ヘクタール(うち、造成地部分が、0.05ヘクタール、自然地部分が、0.77ヘクタール)の流域面積は、直接九条谷川に流出する。

10 奥六田川水系の治水計画

(一) 三号調整池の流域面積は、6.33ヘクタールであり、四号調整池の流域面積は、42.13ヘクタール(うち、造成地部分が、25.8ヘクタール、自然地部分が、8.60ヘクタール、開発区域外部分が、1.40ヘクタール、三号調整池の流域面積が、6.33ヘクタール)であり、この42.13ヘクタールの流域部分は、元から奥六田川の流域である。

(二) 本件ゴルフ場開発区域のうち、奥六田川流域に関わる部分は、四号調整池に流入する部分と、新設されるバイパス河川を通じて奥六田川に流出する部分と、直接奥六田川に流出する部分とからなる。

(三) バイパス河川を通じて奥六田川に流出する流域面積は、14.5ヘクタール(うち、造成地部分が、0.62ヘクタール、自然地部分が、13.88ヘクタール)であり、さらに、右バイパス河川には、開発区域外の28.00ヘクタールも流入する。

(四) また、直接奥六田川に流出する流域面積が、9.84ヘクタール(うち、造成地部分が、2.08ヘクタール、自然地部分が、7.76ヘクタール)存在する。

11 本件ゴルフ場開発後の開発区域の流域面積別構成は、次のとおりとなる。

(一) 九条谷川流域

一号調整池 33.01ヘクタール

直接流出 0.82ヘクタール(うち、造成地部分が、0.05ヘクタール)

(二) 奥六田川流域

(1) 四号調整池 42.13ヘクタール

(2) 直接流出 24.34ヘクタール(バイパス河川を通じて奥六田川へ流出する分14.5ヘクタール(うち、造成地部分が、0.62ヘクタール)、直接奥六田川へ流出する分9.84ヘクタール(うち、造成地部分が、2.08ヘクタール))

(三) 左曾川流域 12.92ヘクタール

(四) 合計 113.22ヘクタール(開発区域外で、一号調整池に流入する流域面積1.2ヘクタールと、四号調整池に流入する流域面積1.4ヘクタールを含む。)

12 一号調整池は、平成六年五月に完成し、水流調節に使用されている。

二  証人宇民正は、被告らの本件ゴルフ場の治水計画の安全性につき、次の等ような見解を述べる(甲一三〇(吉野桜ゴルフ場治水対策に関する調査報告書)の記載内容を含む。)。

1 一般に河川の流過能力の計算に当たっては、一定の余裕高を想定し、これを控除した断面を前提としなければならず、一級、二級河川においては、計画高水流量に対し、六〇センチメートル、小河川の場合には、三〇センチメートル以上の余裕高を想定すべきものとされている(河川管理施設等構造令七六条、同規則三六条)。

2 その理由は、流過能力を算出する後記マニングの計算式は、元来、同一断面、同一勾配の水路を想定して導かれたもので、現実の河川の実態に即したものではなく、現実の水路は、複雑にカーブし、断面の形や勾配が場所ごとに異なるのが当然であり、時には、土砂や流木が存在する場合もあり、マニング式は、これら現実の水路のうちの理念型の水路を前提としたものであり、現実の水路に妥当するものではないからである。

3 これに対し、余裕高を控除した計算は、より水路の実態に即した流過能力を計算することを目的とするものであり、このような余裕高を想定した計算を前提とした計画を取らず、漫然と満流計算による流量を流せば、現実の河川では溢水を生じるおそれがきわめて高い。

4 本件ゴルフ場開発の治水計画においては、流過能力の計算につき、余裕高を確保せず、満流で流れる場合を想定し、九条谷川流域においては、流過能力(一号調整池)を毎秒4.51立方メートルと、奥六田川流域においては、流過能力(四号調整池)を毎秒7.83立方メートルと、それぞれ算定している(乙二二)。

5 余裕高を三〇センチメートル確保した場合の九条谷川流域の流過能力

余裕高を三〇センチメートル確保した上で、九条谷川流域の流過能力を計算すると、以下のとおりとなる。

余裕高を三〇センチメートル確保しない場合の基準地点の断面積Aは、1.36平方メートル、潤辺長Sは、3.14メートル、径深Rは、0.43メートル(A÷S)となる(乙二二)。

余裕高を三〇センチメートル確保した場合、基準地点の断面積Aは、0.88平方メートル、潤辺長Sは、2.4メートル、径深Rは、0.37メートル(A÷S)となる。

断面平均流速Vは、マニング式により、V=1÷n(粗度係数)×R2/3×I1/2(勾配)により算出される。

粗度係数は、水路の流れにくさを示す係数であり、水路の状況によって変化し、係数は、値が小さいほど流れやすく、値が大きいほど流れにくいことを示すものである。

粗度係数を、被告らが用いている0.03(乙二二)とし、基準地点の勾配0.0307を当てはめて、断面平均流速Vを計算すると、Vは、毎秒3.0メートル(1÷0.03×0.372/3×0.03071/2)となる。

流過能力Qは、Q=V×Aの計算式により計算すると、毎秒2.64立方メートル(3.0×0.88)となる。

6 余裕高を三〇センチメートル確保した場合の奥六田川流域の流過能力

余裕高を三〇センチメートル確保した上で、奥六田川流域の流過能力を計算すると、以下のとおりとなる。

余裕高を三〇センチメートル確保しない場合、基準地点の断面積Aは、2.14平方メートル、潤辺長Sは、4.46メートル、径深Rは、0.48メートル(A÷S)となる(乙二二)。

余裕高を三〇センチメートル確保した場合、基準地点の断面積Aは、1.55平方メートル、潤辺長Sは、4.0メートル、径深Rは、0.39メートル(A÷S)となる。

断面平均流速Vを、前記マニング式により、粗度係数を、被告らが用いている0.03(乙二二)とし、基準地点の勾配0.032を当てはめて計算すると、Vは、毎秒3.19メートル(1÷0.03×0.392/3×0.0321/2)となる。

流過能力Qは、前記のとおり、Q=V×Aの計算式により、毎秒4.94立方メートル(3.19×1.55)となる。

7 九条谷川流域の直接流出量及び一号調整池の許容放流量

(一) 九条谷川流域の本件ゴルフ場開発に関係する流域面積は、一号調整池の流域面積33.01ヘクタールから、左曾川流域分であった流域面積3.38ヘクタールを除いた29.63ヘクタールと、直接九条谷川流域に流出する流域面積0.82ヘクタールの合計面積となるところ、直接九条谷川に流出する流域面積のうち、造成地部分の面積0.05ヘクタールのみを本件ゴルフ場開発面積に含めて許容放流量を計算すると、以下のとおりとなる。

開発区域からの許容放流量は、(流過能力Q×開発にかかわる流域面積÷基準断面の流域面積)という計算式により算出される。

基準断面の流域面積は、60.1ヘクタールである。

そうすると、前記許容放流量は、毎秒1.3立方メートル(2.64×(29.63+0.05)÷60.1)となる。

なお、前記の基準断面とは、下流河川の最も流れにくくなっている場所の断面(別紙図面の九条谷川のNo.3の地点及び奥六田川のNo.3の地点)であり、河川の断面の流過能力Qを、その断面における流域面積Aで割った値、すなわち、比流量が最小となる断面のことを意味する。

(二) 直接流出量は、一÷三六〇×f×r×Aの計算式により算出される。

上記のうち、fは、流出係数で、造成地の場合は、一般的に0.9が用いられ、rは、洪水到達時間(流域全域の最上流部の降雨が基準地点に到達するのに要する時間)内の平均降雨強度を、Aは、流域面積を、それぞれ意味する。

本件の流域面積が0.05ヘクタール程度であることを考慮し、洪水到達時間を一〇分とした場合、降雨強度は、一時間当たり201.205ミリ(8199.1÷(10+30.75))となる。

そうすると、直接流出量は、毎秒0.025立方メートル(1÷360×0.9(f)×201.205(r)×0.05(A))となる。

(三) 一号調整池の許容放流量は、開発地からの許容放流量から直接流出量を控除した値であるから、毎秒1.275立方メートル(1.3−0.025)となる。

(四) これに対し、本件ゴルフ場開発における治水計画においては、一号調整池の許容放流量は、毎秒2.229立方メートルとなっており(甲一一三の一)、前記計算上の許容放流量を大幅に上回ることになり、必然的に下流で溢水が生じることになる。

(五) 従って、一号調整池の放流口(オリフュス)は小さくし、その放流量を絞る必要があり、また、被告らの計画では、二号調整池の最大放流可能量は、毎秒0.985立方メートル(甲一一三の一の三―六)となっているが、前記のとおり、一号調整池の最大放流可能量が毎秒1.275立方メートルに過ぎず、一号調整池には二号調整池以外からの流入が相当量存在することを考慮すれば、二号調整池からの放流量も絞る必要がある。

8 奥六田川流域の直接流出量及び四号調整池の許容放流量

(一) 奥六田川流域の本件ゴルフ場開発にかかわる流域面積は、四号調整池の流域面積42.13ヘクタールと、直接奥六田川流域に流出する流域面積2.7ヘクタール(0.62ヘクタール(バイパス河川を通じて奥六田川流出する造成地部分+2.08ヘクタール)との合計面積となり、基準断面の流域面積は、243.5ヘクタールであるから、開発区域からの許容放流量は、前記のとおり、(流過能力×開発にかかわる流域面積÷基準断面の流域面積)という計算式により算出すると、毎秒0.91立方メートル(4.94×(42.13+2.7)÷243.5)となる。

(二) 直接流出量は、前記のとおり、一÷三六〇×f×r×Aの計算式で算出される。

ここでも、本件の流域面積が2.7ヘクタール程度であることを考慮し、洪水到達時間を一〇分とすると、前同様、降雨強度は、一時間当たり201.205ミリ(8199.1÷(10+30.75))となる。

そうすると、直接流出量は、毎秒1.358立方メートル(1÷360×0.9(f)×201.205(r)×2.7(A))となる。

(三) 四号調整池の許容放流量は、開発地からの許容放流量から直接流出量を控除した値であるから、毎秒マイナス0.448立方メートル(0.91−1.358)となる。

すなわち、計算上、四号調整池からは放流自体ができないことになる。

(四) これに対し、本件ゴルフ場開発における治水計画では、四号調整池の許容放流量は、毎秒1.36立方メートルとなっており(甲一一三の一)、そうすると、0.91立方メートルの流量しか流せないにもかかわらず、2.718立方メートル(1.36+1.358)の流量がながれることになり、超過分の1.808立方メートルの流量が溢水することになる。

(五) 仮に、三〇センチメートルの余裕高を確保する必要がないとしても、前記直接流出量1.358立方メートルがそのまま溢水することになる。

三  前記証人宇民正の見解は、採用した数値や計算式、その推論の過程・内容に特に不合理な点は見受けられず、また、甲一、四四、五七の一ないし一九、一一三の一・二、一三一、一三三、検甲三三の一ないし八、三四の一ないし一二、乙三、一六、二一、二二、検証の結果等、関係書証等に照らしても、正当なものと認められる。

四  そして、前記証人宇民正の見解によれば、三〇センチメートルの余裕高を確保せず、かつ、直接流域面積からの直接流出量を考慮せずになされた本件ゴルフ場開発における被告らの治水計画を前提に、本件各調整池から放流すれば、計算上、九条谷川流域においては、下流で、毎秒0.954立方メートルの流量の溢水が生じるおそれがあることになり、奥六田川流域においては、被告らが計画している許容放流量毎秒1.36立方メートルと直接流出量毎秒1.358立方メートルの合計量から、開発地からの許容放流量毎秒0.91立方メートルを控除した毎秒1.808立方メートルの流量が、下流で溢水するおそれがあることになり、少なくとも、下流で、直接流出量分毎秒1.358立方メートルの流量の溢水が生じるおそれがあることになる。

五  従って、前記宇民正の見解を前提とすれば、現実の正確な溢水量はともかくとして、被告らの治水計画どおりに放流すると、最悪の場合、九条谷川流域及び奥六田川流域の各下流でかなりの溢水が生じるおそれがあることになる。

六  宇民正の前記見解に対し、被告らは、次のとおり反論する。

1(一) 被告らは、「九条谷川及び奥六田川は、いずれも、堤内地より高い堤防が存在しない、いわゆる『掘込河道』であり、本件各調整池設計のための基準地点は、いずれも、堤防に隣接する堤内の土地の地盤高が計画水位より高い地点であり、かつ、基準地点の背後地には、人家が存在せず、田畑であるので、河川管理施設等構造令二〇条一項ただし書により、余裕高を零としても良い地点である。原告らが指摘する同規則三六条は、計画水位が堤内地盤より高い場合に適用されるのであって、本件各基準地点には適用されない。なお、奥六田川の基準地点においては、畦道が存在し、約一〇センチメートルの余裕高が存在する。」旨主張する。

(二) しかし、河川管理施設等構造令二〇条一項ただし書は、余裕高を確保する必要がない場合として、「堤防に隣接する堤内の土地の地盤高が計画水位より高く、かつ、地形の状況等により、治水上の支障がないと認められる区間にあっては、この限りではない。」と規定しており、治水上の支障がないと認められる区間であることも要件となっているところ、九条谷川や奥六田川は、いずれも小河川であり、甲一三〇及び証人宇民正の供述によれば、ゴミや流木、あるいは上流から流れてきた土砂の堆積等により、流れる面積が小さくなる可能性があると認められること、そして、検甲三三の一ないし五によれば、九条谷川や奥六田川の各基準地点の下流に土砂の堆積や流木の存在等が認められること、両河川の基準地点の直近には人家が存在しないとしても、後記認定のとおり、両河川の各基準地点のやや下流には、原告らの一部が居住する民家が存在しており、各基準地点で溢水した場合、その程度によっては、各下流域に居住する前記原告らの生命・身体・財産等に被害が生じるおそれがあること、前記認定のとおり、両河川とも、調整池を経ることなく、直接両河川に流入する流域面積が存在すること等を総合すると、下流において生じうる溢水を防止するため、両河川の下流の流過能力の算出に当たっては、少なくとも三〇センチメートルの余裕高を確保するのが相当であると認められる。

(三) また、仮に、被告ら主張のとおり、奥六田川の基準地点において、畦道が存在し、約一〇センチメートルの余裕高が存在するとしても、前記二の8の奥六田川流域における直接流出量の存在や基準地点の流過能力との関係等を考慮すると、被告ら主張の程度の余裕高の存在は、何ら奥六田川下流における溢水の可能性を解消するものではないと認められる。

(四) 従って、被告らの前記主張は理由がない。

2(一) 被告らは、「本件計画においては、元々直接流出する面積を開発区域面積に含めていないので、さらに直接流出量を控除する必要がない。また、直接流出量を算出する際の流出係数は、造成地の場合の0.9ではなく、0.9から自然地の0.6を控除した0.3で計算すべきものである。」と主張する。

(二) しかし、前記一で認定したとおり、本件ゴルフ場開発区域内において、各調整池を経由せず、九条谷川や奥六田川にそれぞれ直接流入する流域面積が存在しているのであるから、このような場合、最大放流可能量等の流量計算において、直接流出量を考慮して算定すべきであるという証人宇民正の見解は合理的であると考えられ、原告ら指摘のとおり、本件ゴルフ場開発区域内の河川へ直接流出する流域面積を考慮せずに本件治水計画がなされていること自体が問題であるといわざるを得ない。

(三) また、問題となる直接流出する流域面積は、本件造成地内に存在するのであるから、直接流出量を算出する際の流出係数は、造成地の場合の0.9を用いるのが相当であると認められ、被告ら主張のように0.3という数値を用いるべき合理的な理由は見当たらない。

(四) 従って、被告らの前記主張は理由がない。

3(一) 被告らは、「原告らは、直接流出量を算出するための平均降雨強度を求める際、洪水到達時間を一〇分として計算しているが、その理由は明らかでなく、右洪水到達時間は、極端に短い時間を恣意的に採用したものである。このことは、平均降雨強度が、時間当たり201.205ミリとされており、通常ありえないような大雨を想定していることからも明らかである。仮に、平均降雨強度が、時間当たり201.205ミリの雨が降ったとすると、一号調整池の基準地点における同調整池より下流の流域面積からの流出量は、毎秒10.19立方メートル(0.6×30.4×201.205÷360)となり、一号調整池の基準地点における流下能力をはるかに上回ることになる。また、前記の量の雨が降ると仮定した場合、開発しない場合に比べて、一号調整池を設置すると、洪水時の流出量は減少し、下流においては、一号調整池を設置した方がより安全となる。以上の点は、四号調整池でも同様である。」旨主張する。

(二) しかし、証人宇民正は、洪水到達時間内の平均降雨強度算定のための洪水到達時間を一〇分とした点につき、「洪水到達時間とは、流域全域の最上流部の降雨が、基準地点に到達する時間であり、九条谷川や奥六田川に関係する造成地からの各直接流域面積は、0.05ヘクタールあるいは2.7ヘクタールと非常に小さく、洪水到達時間は、本来一〇分未満とするのが妥当であるけれども、五〇年降雨強度曲線が導かれる気象台のデータの最小時間は一〇分であり、一〇分未満の降雨強度を降雨強度曲線の式から求めても、正確とはいえないことから、一〇分として計算することとした。」旨供述し(甲一三〇の記載内容を含む。以下同じ。)、また、一時間あたり二〇〇ミリという降雨強度につき、「一〇分間に降った雨量を六倍することにより求められた一時間当たりの雨量が降雨強度であり、実際に一時間に降った雨量の合計量が時間雨量である。時間雨量として、二〇〇ミリを越える雨は、過去にも一、二例しかないが、一〇分間の降雨量を降雨強度に換算して二〇〇ミリになったという例は普通にある。」旨供述している。

(三) 証人宇民正が採用した一〇分という洪水到達時間は、それ自体としては短時間であることは否定できないものの、証人宇民正が、洪水到達時間を一〇分と設定した理由は、特に不合理であるとまではいえず(なお、甲一一三の二(調整池水理計算書)においては、三号調整池の洪水到達時間を一〇分としている。)、また、「平均降雨強度が時間当たり201.205ミリというのは、通常ありえないような大雨である。」という被告らの主張についても、確かに、時間当たり201.205ミリという雨量の数値は、かなり高いものであるけれども、前記証人宇民正の供述する降雨強度と時間雨量との概念の相違や、右降雨強度は、直接流出量算出のための洪水到達時間内の平均降雨強度rを求めたものであることなどに照らせば、右数値が、「通常ありえないような大雨を想定している。」とまでは言えず、被告らの前記主張は、原告ら指摘のように、降雨強度と時間雨量との混同等による誤解に基づく主張であると思われる。

(四) 次に、被告らの前記降雨強度を前提とする一号調整池より下流からの流出量の計算式や、開発前後における一号調整池の各流出量を算出した計算式についても、30.4ヘクタール、あるいは、60.1ヘクタールという広い流域面積に対して、いずれも洪水到達時間を一〇分として算出するもので、被告らの用いる洪水到達時間の数値自体が不合理であり、また、調整池が有する洪水調整機能に照らすと、調整池の設置による洪水量の減少という効用自体は否定できないものの、本件で問題となっているのは、調整池からの放出量等を含めた被告らの治水計画による溢水のおそれであるから、単に、調整池設置による洪水量の減少という点のみを論じて比較しても(なお、開発前後における流出量を比較する際、被告らが使用する降雨強度の数値が不合理であることは前記のとおりである。)、前記宇民正の指摘した溢水のおそれに対する反論としては、説得力を欠くというほかない。

(五) 従って、被告らの前記主張は理由がない。

4(一) 被告らは、「一号調整池のオリフュスの断面積につき、計算上の最大値よりも小さい0.3平方メートルで計画施工しており、より安全に配慮している。」旨主張する。

(二) しかし、被告らが主張するオリフュスの現実の断面積と、計算上の最大値との差は、ごくわずかなものであり、また、原告らが反論するとおり、被告ら主張のオリフュスの断面積を前提としても、三〇センチメートルの余裕高を確保し、かつ、直接流出量を考慮した一号調整池からの最大放流可能量を大幅に越える水量がオリフュスから放流されることが認められるから、被告らの主張によっても、下流に溢水が生じるおそれは、何ら解消されることにはならない。

(三) 従って、被告らの前記主張は理由がない。

七1  なお、被告らの治水計画において、粗度係数の値は、0.03が用いられており、証人宇民正の前記平均流速の算定においても、粗度係数の値を0.03として計算しているが、甲一三〇、一三三、証人宇民正の供述及び弁論の全趣旨によれば、0.03という粗度係数は、比較的細かい砂が凹凸の少ない状態で存在する、比較的スムーズな河床状況の場合に妥当する値であること、九条谷川及び奥六田川の各基準地点の状況は、雑草はないが、蛇行し、若干の淵や浅瀬が存在する状況、あるいは、若干の石や雑草が存在する状況であること、そのような場合の粗度係数の値は、0.045程度が相当であることが認められ、右事実によれば、本件における平均流速算出に用いる粗度係数の値は、0.045を用いるのが相当であると考えられる。

2  そして、粗度係数の値を0.045として計算すると、九条谷川流域及び奥六田川流域の各基準地点の流過能力は、粗度係数の値を0.03とした場合に比べて、現況流過能力が減少することになり、現況流過能力の減少に伴い、調整池からの最大放流可能量も減少することになるから、両河川における溢水のおそれや溢水量は、いっそう増大することになる。

3  被告らは、「九条谷川や奥六田川は、石積みがされたり、コンクリートで固められたりしており、自然流路ではないから、粗度係数を0.045とするのは誤りである。」旨主張するが、前記認定のとおり、本件において利用されるべき粗度係数の値は、0.045が相当であると認められるから、被告らの主張は採用できない。

八  溢水被害の実例について

1 原告らは、「本件ゴルフ場予定地で伐採が始まった後の平成五年七月五日と、一号調整池が完成した後の平成七年七月四日、九条谷川の基準地点付近で溢水が生じている。平成七年七月四日の降雨は、日雨量一〇七ミリ、最大時間雨量三八ミリであり、計画対象降雨の範囲内の、年に数回起こる程度の降雨であり、この程度の降雨で溢水が生じたのは、調整池計画の問題点が露呈した結果である。」旨主張し、これに対し、被告らは、「九条谷川において、一号調整池完成後の平成七年に溢水があったが、これは、猪除けのために、流れに逆らって河道を塞ぐ形で設置された鉄板が、九条谷川の流れをせき止めたために発生したもので、一号調整池が原因となったものではない。」旨主張する。

2 甲七八、七九、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、一号調整池が完成した後の平成七年七月四日、九条谷川の基準地点付近で溢水が生じ、護岸が崩壊するなどしたこと、平成七年七月四日の降雨は、日雨量一〇七ミリ、最大時間雨量三八ミリであり、計画対象降雨の範囲内の、年に数回起こる程度の降雨であったことが認められる。

3 被告らは、前記溢水の原因につき、前記1のとおり主張するが、被告ら主張のように、猪除けの鉄板が原因で前記2のような溢水が生じたことを裏付けるに足る証拠はなく、むしろ、前記認定のとおり、一号調整池において、被告らの計画どおりに放流すると、九条谷川の下流で溢水が生じるおそれがあると認められることに照らせば、少なくとも、平成七年七月四日の前記溢水は、右のようなおそれが現実化したものと推認される。

(本件ゴルフ場の造成・構造の問題点について)

一  証人熊井久雄は、本件ゴルフ場開発区域につき、地滑り発生のおそれ等があるとして、次のような見解を述べる(甲七七(吉野町におけるゴルフ場建設計画に係わる地質と地下水に関する意見書)の記載内容を含む。)。

1 本件ゴルフ場開発区域は、三波川変成帯に属する。

2 三波川変成帯とは、三波川変成岩類を主な構成岩石とする帯状の地域のことを言い、いわゆる中央構造線の南側に帯状に存在しているわが国有数の地滑り地帯であり、中央構造線とは、日本列島でも最大級の断層が集まって作る一つの構造線であり、北は諏訪湖付近から南へ、渥美半島の北を通り、伊勢から本件ゴルフ場開発地のすぐ北側を通り、四国を縦断して九州に達し、日本を大きく分ける断層である。

3 中央構造線の断層群は、その動きによって、従来地中深く入っていた秩父帯の地層を引きずり上げ、地表に分布させる。

4 従って、中央構造線の近くには、前記のような断層が多数分布しており、本件ゴルフ場開発区域にも、それから派生したと見られる小さな断層が多数見受けられる。

5 三波川変成岩類とは、古生代後半から中生代のジュラ紀にかけての秩父帯と呼ばれている砂岩・泥岩・チャート・石灰岩・緑色岩を原岩として、それらが地中深く入り、熱と圧力で変成を受けた一連の岩石を指し、熱と圧力で変成を受けた岩石は、原岩の鉱物組成が変化し、風化に弱く、簡単に粘土鉱物が形成され、その粘土鉱物が地滑りを誘発する。

6 三波川変成岩類によって構成される三波川変成帯の分布は、地滑り防止法に基づく指定地である地滑り防止区域の分野と合致しており、そのことからも、三波川変成帯と地滑りとの関係は一目瞭然である。

7 現地調査の結果、本件ゴルフ場開発区域において、泥質片岩や塩基性片岩などの三波川変成岩類が露出しており、原岩の組織は、多少残っているが、その変成度の度合いは大きく、風化の状況は、全体に白色の粘土化を受け、手で簡単に折れるほどもろい状況であり、また、一号調整池付近で露出した切土面は、地表から五メートルないし一〇メートル深くまで風化が進行しており、風化の結果、著しく粘土化し、硬い部分も礫状に細かく砕けており、砕けた部分に地下水が侵入してさらに粘土化が進んだ場合には、地滑りを起こす危険性がある。

8 被告らが調査したボーリング調査結果によれば、右調査は、本件ゴルフ場開発区域全体に満遍なくなされているのではなく、構造物の基礎として谷の低いところで掘られたボーリングであるにもかかわらず、相当表面からの風化が深いことが読み取れる。

9 すなわち、たとえば、一号調整池の左岸上流のボーリング地点において、地下三メートルから八メートルのところに、クラッキー部分(細かい破砕部分)、酸化ゾーン、破砕帯が存在し、その他のボーリング地点においても、五メートル二〇から七メートル七〇の間に、土砂状風化帯・破砕帯状が存在し、他の地点においても酸化の記載があり、これは、常時地下水が流動し、空気と触れて酸化鉄を沈着させていることになるから、地下水の流動によって風化が進んでいることになる。

10 従って、ボーリング調査結果によっても、現況でかなりの地滑り面が形成されているといわざるを得ない。

11 被告らの透水試験結果(ボーリングの穴へ水を注入することにより、設定された一定の区間における水の通しやすさ、通しにくさを測定した検査結果)によれば、ボーリング地点の深度三メートルないし四メートル間において、透水係数が毎秒1.54×10-3センチメートルという比較的高い値が示され、比較的速い速度で地下水が動いていることが認識され、一番低い値も、深度10.5メートルないし一五メートル間で、透水係数が毎秒2.39×10-4センチメートルという値であり、このことは、本件ゴルフ場開発区域において、常時地下水が流動しており、局所的流動系、すなわち、地形ごとに尾根から沢に出て行く地下水の流動系が存在していることを示すものであり、また、本件ゴルフ場開発地においては、地下水湧出の湧泉は至る所に存在しており、地下水の局所的流動系の存在は、地盤を酸化・弱化させ、地滑りの重大な要因ともなる。

12 また、被告ら作成の地質平面図(乙一〇)によれば、九条谷川下流の右岸側に相当数の地滑り崩壊地のような地形が散見される。

13 本件ゴルフ場開発区域は、全体的に風化が進んでおり、さらに、三波川変成岩類の上に、非常に風化した礫層を主とする堆積物である菖蒲谷層が乗っており、また、本件ゴルフ場開発区域内には推定断層が散見されるところ、これは、中央構造線に平行する東西性の破砕帯中の細かい断層であり、変成度の高い岩石の分布を示すものである。

14 さらに、被告らの弾性波探査結果(地表付近で人工的に地震を起こし、その地震波の伝わる速度・状況を観測・解析して、地盤の地質構造・風化程度を解明する物理探査結果)によれば、全体的に、北側に向かって弾性波の速度が遅くなっており、岩石の風化度や割れ目の具合が、北へ行くほど多くなっていることが推測される。

15 本件ゴルフ場開発区域の地層の横方向の広がりは、ほぼ東西方向で、北に向かって、すなわち、一号調整池、ひいては、九条谷川、奥六田川の下流に向かって、一五度ないし二五度の傾斜で傾いて重なっており、一五度ないし二五度という傾斜角は、地滑りが起こりやすい傾斜角であって、切土によってすべり面が形成される箇所は、本件ゴルフ場開発区域内に幾つも存在し、このような箇所では地滑りの具体的危険性がある。

16 地滑りが起きるのは、往々にして豪雨の最中とか、豪雨が治まったような時期というように、地表の水の流れの多い時期であるから、これが崖崩れとなって河川に入ると、比重の重い泥水が河川に入るため、その川の中の溜まっていた土砂を巻き込んで、土石流化する危険性がある。

17 被告らの計画によれば、一号調整池の満水面は、標高249.4メートルであるが、この高さは、左曾川右岸上流尾根部の進入道路の高さから二メートル弱くらいしか差がなく、この尾根の鞍部の東側は、左曾川低地まで約七〇メートルの斜面が続いており、しかも、この尾根は、高い透水係数を有する地層から成り、地下水が東側に向かって流動する。

18 この東側斜面に流出する地下水の量は、ダルシーの法則(Q(流動する地下水の量)=K(透水係数)×I(地下斜面傾斜)×A(通過断面積))により、地下斜面傾斜を0.33程度に取ると、Q=毎秒1.54×10-3センチメートル(K)×0.33(I)×585平方メートル(A)=毎秒2.88×10-3立方メートルとなり、この量を日量に換算すると、約二五〇立方メートルにも達し、このような地下水の流れが形成されると、その流れにより、地中の細かい粘土粒子が流し出されて地下水の流路が拡幅され、いわゆるパイピング現象(浸透水流により、土粒子が流出して、地盤内にパイプ状の水路ができる現象)が生じ、その結果、流出する地下水量が増加し、これが、急斜面を流下すると、途中の土砂を巻き込み、土石流化して、下の左曾集落を襲う危険性がある。

二  証人宇民正は、一号調整池及び四号調整池の各問題点につき、次のような見解を述べる(甲一三〇(吉野桜ゴルフ場治水対策に関する調査報告書)の記載内容を含む。)。

1 一号調整池の南斜面は、三〇メートル余りの盛土斜面となっており、この盛土斜面はかなり風化が進んだ粘土に近い土質であり、しかも、九条谷川の谷筋に位置しているから、開発後も地下水を完全に排出することは困難であり、地滑りが発生するおそれがある。

2 現に平成九年には、この南斜面の一部が斜面の下の道路に向かって地滑りしたという事件が発生したということを、地元住民から聞いている。

3 また、一号調整池の東斜面は、尾根の幅が狭いという特徴を持っており、調整池の水位が高くなると、調整池の内側と調整池の東側の地下水面に七〇メートル程の水位差ができ、強い水圧がかかることになり、その結果、いわゆるパイピング現象が生じ、東側斜面が崩壊するおそれがある。

4 バイパス河川の設置が予定されている四号調整池上流左岸側の斜面は、黒色片岩が非常に風化している状況で、表面から一〇メートルないし二〇メートルの深さまで風化が進行しており、手で押さえるだけでも細かく割れてしまう状況であり、また、杉の成長状況を見ると、杉の背の高さや幹の太さが非常に不揃いであり、かつ、杉の幹が直立せず、根元から曲がったような形で生えている杉がかなりあり、このような状況から、表土層がクリープ状の滑りを起こしていることが言える。

5 すなわち、バイパス河川の設置が予定されている地盤は、極度に風化した地盤であり、水路を支持する耐力が弱く、このような地盤にバイパス河川が設置された場合、水路の建設された後、その水路上に表土が滑り込んできたり、さらに表土がきつく滑った場合は、バイパス河川そのものが、一緒に地滑りに巻き込まれて破壊・落下する危険性がある。

6 そして、バイパス河川が塞がれたり、崩壊した場合、バイパス河川を流れる流水が、四号調整池に流入することになり、四号調整池の水位は一気に上がり、四号調整池からの放流量は何倍かに拡大され、奥六田川下流にはダム津波が発生し、奥六田川下流域には致命的な災害が発生するおそれがある。

三  これに対し、証人中川要之助は、次のとおり、意見を述べる(乙一七(吉野桜カントリークラブ造成工事にかかわる地盤条件の解説)、一八(三波川変成岩類と地滑り防止区域)、一九(吉野桜カントリークラブ北側緩斜面の地質)及び二六(吉野桜カントリークラブ4号調整池左岸バイパス河川敷設の安全性について)の各記載内容を含む。)。

(本件ゴルフ場開発区域の地滑り・地盤崩壊のおそれについて)

1  本件ゴルフ場開発区域は、吉野川左岸の高度三〇〇ないし四〇〇メートルの北に、高度を減じる山地に計画されており、山地の稜線部には傾斜度二〇度内外の緩斜面が開けるが、中腹から下方は、四〇度以上の急斜面が発達している。

2  本件ゴルフ場開発区域の西縁を奥六田川が、東縁を左曾川が、いずれも南南東ないし北北西方向に、深さ一〇〇メートル内外のV字谷を刻んでおり、南半部は、主に奥六田川の上流域から成り、北半部は、左曾川と奥六田川の間を流れる九条谷川の上流域から成るが、九条谷川の上流域の谷は浅く、斜面の傾斜も緩やかである。

3  なお、左曾川左岸斜面の中腹には耕作地の緩斜面が見られる。

4  本件ゴルフ場開発区域の山地の地質は、主に千枚岩と珪質千枚岩からなり、北部の稜線部に礫質の堆積岩(菖蒲谷層)が分布しており、千枚岩や珪質千枚岩の構造は、概略東北東走向で、北へ一五度ないし三〇度傾斜しているが、奥六田川の上流域では北西走向も見られる。

5  稜線部の千枚岩や珪質千枚岩は、強く風化を受け、褐色土砂及び軟岩状で、稜線からの風化の深さは、最大二〇メートル程度であるが、中腹以下の急斜面や谷底には、灰色や暗青灰色の硬質未風化岩が見られ、また、菖蒲谷層も強く風化を受け、硬質なチャート礫以外の礫は軟質化している。

6  本件ゴルフ場開発区域の山地を構成する千枚岩や珪質千枚岩は、中・古生代の泥岩や砂岩が強い力を受けて変質したもので、元の堆積岩の特徴は失われて、変成岩に分類され、中・古生代に、古太平洋の深海底に堆積した泥が、海洋プレートの移動で、パンゲア大陸の沿岸まで押し寄せ、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込む場に生じた巨大な断層帯に、大陸から流出した砂質の堆積物とともに押し込められ、強い偏圧を受けて引き延ばされ、板状の構造が発達したと考えられている。

7  なお、本件ゴルフ場開発区域の北方の吉野川右岸沿いに、東西に延びる中央構造線は、中生代に海洋プレートと大陸プレートとの境界に生じた断層の名残で、中央構造線の近くには、さらに強い圧力で変質して生じた結晶片岩が分布している。

8  本件ゴルフ場開発区域の地盤災害に関わる地盤条件を、自然地盤、切土地盤、盛土地盤に分けて検討する。

(一) 自然地盤

(1) 本件ゴルフ場開発区域のような層理面が発達した千枚岩や珪質千枚岩から成る山地では、層理面の傾斜方向と斜面の傾斜方向が一致する斜面は流れ盤斜面と呼ばれ、しばしば強度の弱い層理面を境に斜面崩壊を生じることがあり、また、層理面の傾斜方向と斜面の傾斜方向が逆の斜面は受け盤斜面と呼ばれ、比較的安定している。

(2) 本件ゴルフ場開発区域周辺の左曾川や奥六田川の各谷に面する急斜面は、それらの河川が、千枚岩や珪質千枚岩の構造と直角方向に流れることから、それらの谷に面する斜面は、流れ盤を生じるおそれはなく、比較的安定しており、また、奥六田川の上流域の層理面の構造は、北西方向で、谷の方向と一致するが、層理面は北東に傾斜することから、本件ゴルフ場開発区域の谷の右岸斜面は受け盤構造で安定している。

(3) 本件ゴルフ場開発区域内の九条谷川上流域や稜線部に広がる緩傾斜の自然斜面は、土砂状の強風化岩で構成されており、このような強風化岩の強度は、全体的に未風化岩の層理面よりも低下しているため、受け盤・流れ盤にかかわらず、斜面の最大安定勾配は、未固結堆積土砂の鮮新・更新統(洪積層)から成る斜面と同様に、三五度程度と考えられ、また、強風化岩礫岩の菖蒲谷層の安定勾配も同様に考えられる。

(4) 本件ゴルフ場開発区域北側の左曾川左岸中腹の緩斜面の平面形に、地滑り地形の特徴が窺われるが、その上方の本件ゴルフ場開発区域の斜面には、そのような規模に地滑りをもたらせたような滑落崖は見られず、また、緩斜面の上縁に拡幅築造された本件ゴルフ場開発区域の進入路にも、地滑りの兆候を示す変形は見られず、むしろ、この緩斜面は、本件ゴルフ場開発区域の緩斜面と同様、隆起準平原(岩盤が緩やかに隆起・浸食を受け続けて平原状となり、それが隆起して形成されたなだらかな山地)に相当すると考えられ、隆起準平原の緩斜面の上方は、比較的安定している。

(5) 中央構造線沿いに分布する三波川変成岩やそれに隣接する千枚岩などの低変成の変成岩地帯においても、しばしば地滑りが発生するが、変成岩であれば必ず地滑りが生じるとは限らず、地滑りの原因は、地質のみではなく、地形・気候条件・土地利用等さまざまな要素が複合して生じる。

(6) 岩石については、一般的に、変成作用を受けた母岩が玄武岩のような塩基性岩である場合は、塩基性岩が、変成作用を受けて蛇紋岩や緑泥岩を生じ、それらが風化されて地滑り粘土に変わることから、典型的な地滑り地が生じることになり、塩基性岩は、工学的な防災工事によっても、防止できないような地滑りをしばしばもたらす。

(7) また、中央構造線以外でも、蛇紋岩分布地帯にも、地滑り地が分布するが、本件ゴルフ場開発区域の地質は、母岩に塩基性岩が含まれていない千枚岩や珪質千枚岩などの低変成の変成岩から成り、また、地質図(乙一八)には、本件ゴルフ場開発区域の谷底に塩基性岩の分布の記載が見られるものの、稜線部に、それを覆う菖蒲谷層が分布しているため、本件ゴルフ場建設工事施工により、塩基性岩が表れることはなく、本件ゴルフ場開発の禁止を必要とするような大規模な地滑りが生じるおそれはなく、アンカー(固定)工法、擁壁工事、吹き付け等の防災工事により、地滑り防止が可能である。

(二) 切土地盤

(1) 切土地盤は、土砂状の風化岩であっても、地盤沈下や地盤崩壊を生じるおそれはなく、もっぱら切土法面の安定性が問題となる。

(2) 層理面が発達する地質から成る切土法面では、自然斜面と同様に流れ盤斜面は、不安定であり、本件ゴルフ場開発区域においても、ゴルフコースの周囲に切土法面が造成され、北傾斜の法面が流れ盤となるが、ゴルフ場の造成は、もっぱら土砂状の強風化岩で行われるため、流れ盤・受け盤ともに、岩盤の法面よりも勾配を緩くする必要があるが、ゴルフ場の造成は、コース周辺の形状を多少は変更できることから、施工の際、地質が粘土質であれば、勾配を緩くして、法面を安定することが可能である。

(三) 盛土地盤

山間の造成地の盛土地盤では、その沈下と法面の安定性が問題となるが、本件ゴルフ場開発区域の盛土地盤の谷底には、盛土の荷重で沈下や破壊を生じる厚い軟弱層は存在せず、また、千枚岩や珪質千枚岩の強風化岩からなる盛土材は、粘土やシルト等の細粒物の割合が一〇数パーセントで、砂礫質土であることから、十分な展圧施工を行えば、安定した盛土地盤の造成が可能であり、盛土地盤の地下排水管、盛土地盤中央部の縦排水管、盛土地盤に埋設される布団籠堰堤などが計画通り施工されており、盛土地盤からの地下水を排出することで、その安定化が期待でき、盛土法面についても、その基礎地盤や盛土材に問題がないことから、安定した法面の施工が可能である。

9  本件ゴルフ場開発区域とその周辺の地形の特徴から、断層が推定されており、詳細な地質調査により断層が確認されれば、開発計画の見直しが行われるが、施工段階でようやく確認されるような規模の小さい断層では、断層箇所の地盤の補強をしたり、構造物の強度を増して対処しているが、本件ゴルフ場開発区域の推定断層は、ボーリング調査や現地踏査で地質の違いに表れるほどの顕著なものではない。

10  結論として、本件ゴルフ場開発区域の地質は、日高川帯の堆積岩と三波川変成岩の中間程度の変成岩で、地滑り土を生じる塩基性岩が本件ゴルフ場開発区域に分布していないことから、本件ゴルフ場開発区域において地滑りが生じるおそれはなく、また、切土法面の流れ盤滑りについても、土砂からなる切土法面の勾配を緩くすることで安定化を図ることが可能であり、また、菖蒲谷層の崩壊については、菖蒲谷層は、数百年前に河川あるいは湖等に堆積した礫層を主体とする地層で、一般に地滑りが起きにくい地層であるが、鮮新・更新統の菖蒲谷層は、容易に土砂流出や斜面崩壊を生じるほど強度の低いものではなく、また、本件ゴルフ場開発区域の菖蒲谷層は、風化しているため、本件ゴルフ場建設工事の際、防災工事による対処が必要であるが、勾配の低減や法面保護工事等により、安定化は可能である。

(四号調整池付近の地盤の状況、バイパス河川の設置について)

1  四号調整池左岸斜面は、高度差三〇ないし六〇メートル、平均傾斜約三五度の杉林から成り、その表層は、角礫質の表土で覆われ、四号調整池堰堤の基礎掘削面や谷間の露頭の表土の厚さは、一ないし二メートルと推定され、その下の黒色千枚岩や珪質千枚岩に褐色の粘土質風化は見られず、ブロック状の亀裂は見られるが、風化千枚岩に特徴的な片理面からの剥離は顕著でなく、千枚岩の片理面の構造は、概略東北東走向で、北へ一〇ないし二〇度傾斜しているが、谷が北西方向であることから、左岸斜面は、地質楮が不安定な流れ盤斜面は形成していない。

2  バイパス河川の安全を維持するためには、斜面崩壊防止、河床地盤の沈下防止、河川からの漏水防止が特に要請される。

3  まず、斜面崩壊防止については、地下の千枚岩の構造は、流れ盤斜面を形成せず、比較的安定しており、また、地滑りが生じるほどの粘土質風化はしていないが、現況の杉林は、荒廃が進んでおり、放置すれば、土砂流出や表層崩壊が生じるおそれがあり、杉林の適切な維持・管理が必要である。

4  また、バイパス河川敷設のための斜面掘削において、地下の千枚岩は安定しているが、角礫質の表土は、締まりが緩く、現況でも杉林の傾きから移動していることが窺われるから、表土崩壊の抑止工事が必要であり、それとともに、斜面の表流水路の整備(沢筋の排水溝)や表土の地下排水工事が必要である。

5  次に、バイパス河川の河床地盤の沈下防止については、斜面の下部には礫質の崖錐が分布しているところ、掘削河床面にそれが分布すると、河床の沈下や崩壊が懸念されることから、擁壁や布団籠等による下方(調整池側)斜面の補強、河床面地盤の締め固め及び崖錐からの地下排水が必要である。

6  最後に、河川からの漏水防止については、バイパス河川からの漏水があると、その下方斜面でいわゆるパイピング現象が生じ、斜面崩壊のおそれがあるから、その防止のため、コンクリートなどによる河床及び岸斜面の遮水工事が必要である。

7  バイパス河川は、四号調整池堰堤の約三〇〇メートル上流で現河川から分かれ、斜面下部を主に掘削して敷設され、現河床からの高さは、調整池堰堤付近が最高で約一五メートルであり、斜面に河川を敷設するのであるが、その安全性は、左曾川左岸斜面に建設された進入路と町道及び一号調整池の遮水工事の安全性と同様に考えられるところ、進入路と町道に、斜面崩壊、路面の沈下・浸食、地滑り、路面の変形などは生じておらず、一号調整池の遮水性も保たれている。

8  結論として、これまでに行われた被告らの本件ゴルフ場造成工事技術をもって、斜面の地形・地質に配慮して施工すれば、安全なバイパス河川の設置は可能である。

(一号調整池付近の地盤について)

1  本件ゴルフ場開発区域の北の左曾川左岸斜面の上部から中部にかけて耕作地の開かれた緩斜面(一号調整池付近)があり、その地質は、片理面の発達した黒色千枚岩や珪質千枚岩から成るが、片理面の傾斜方向が、斜面の傾斜方向にほぼ直交することから、崩壊しやすい流れ盤構造は形成されていない。

しかし、斜面に沿う北西から南東方向の断層が地形の特徴から推定されており、地下の岩盤が断層で破砕していれば、片理面の構造にかかわらず崩壊を生じるおそれがあり、また、岩盤の破砕に由来して地滑り斜面が生じていることも考えられる。

2  そこで、水平電気探査により、前記緩斜面の表裏と地下の岩盤の地質を調査し、その安定性を検討した。

なお、水平電気探査とは、岩盤は、一般に、高抵抗で、電気を通しにくいが、岩盤が破砕したり、風化・粘土化していると、地下水を含み抵抗が下がるというテスターの原理により、地表から電流を通じて測定した多数のデータ(見かけ比抵抗)を基に数値解析することで、地下の地層や岩盤の抵抗(比抵抗)の分布を求めるというものである。

3  水平電気探査の結果、緩斜面の地質は、以下のとおりであることが想定される。

(一) 比抵抗分布の構造が全体に地形に平行で、急傾斜した構造が見られないことから、岩盤の破砕を伴う断層は存在しない。

(二) 西側の比抵抗が低いのは、調整池の遮水のためのモルタルの吹き付け工の金網の影響であり、地下深部では、比抵抗が高く、岩盤に風化や断層・破砕のないことが窺われる。

(三) 東側斜面表層部の比抵抗が高いことから、粘土質の地滑り土ではなく、砂礫質土から成る段丘層が分布していると考えられる。

(四) 東側の深部の比抵抗が高く、岩盤に断層・破砕や地表で見られるような褐色に粘土化した強風化岩は存在しない。

(五) 東側の中部の比抵抗が低い部分は、表層の礫質土を浸透した地下水が難透水性の岩盤に達し、帯水層を形成していると考えられる。

(六) 調整池側から緩斜面側へ、稜線の地下を通じる低比抵抗層は見られず、調整池から緩斜面へ地下水は浸透していない。

4  前記探査結果から想定される地質から、緩斜面の安定性については、次のような結論が導かれる。

(一) 地下深部の岩盤に断層・破砕が存在しないことから、地下深部の岩盤に起因する斜面崩壊のおそれはない。

(二) 斜面の表層に砂礫質土が分布しており、地滑りを生じるおそれはない。

(三) 調整池から斜面へ地下水は浸透しておらず、調整池の水が斜面を不安定にするおそれはない。

5  一号調整池の地下水の流動による斜面崩壊のおそれについては、一号調整池からの地下水浸透の低減と一号調整池斜面の保護のため、モルタルが吹きつけられ、また、一号調整池から隣接する左曾川の左岸斜面への漏水を防止するため、金網入りコンクリートの敷設による遮水工事が行われ、前記3、4のとおり、水平電気探査の結果、一号調整池からの漏水の懸念はないことが判明し、斜面での地滑りはもとより、調整池の漏水を窺わせる湧水も見られない。

三 前記一ないし三の各見解及び関係各書証(甲一、四、五、三一ないし三五、三六の一ないし三、三七ないし四四、四五の一・二、四六の一・二、四七の一ないし四、四八の一ないし三、四九の一ないし三、五〇、五一、五二の一ないし四、五三、五四、五五の一ないし六、五六の一ないし五、五七の一ないし一九、五八の一ないし五、五九の一・二、六五、六六、七七、一三〇、検甲一五ないし二〇、二一の一ないし三、二六、三三の一ないし八、三四の一ないし一二、乙一、八ないし一〇、一六、一七ないし一九、二一、二二、二五、二六)を対比・総合して、原告らの主張につき、判断する。

四1(一) 原告らは、「本件ゴルフ場開発区域は、三波川変成帯に属するのみならず、調査結果からしても、地盤が軟弱であり、地盤崩壊・地滑りのおそれのある危険地帯であり、また、本件ゴルフ場開発地の地層の横方向の広がりは、概ね東西方向であって、北に向かって、すなわち、一号調整池、ひいては、九条谷川、奥六田川の下流に向かって、一五度ないし二五度の傾斜で傾いて重なっており、一五度ないし二五度という傾斜角は、地滑りしやすい傾斜角であって、切土によって、いわゆる流れ盤が生じる箇所は、本件ゴルフ場開発区域内に幾つも存在し、このような箇所では地滑りの具体的危険性がある。」旨主張する。

(二) 一般に、地滑りの原因は、地質のみでなく、地形や気候条件等さまざまな要素が複合して生じるものであるけれども、その岩石の種類や性質が、地滑り発生のおそれについての重要な要素となることは否定できないところ、前記証人中川要之助の見解によれば、本件ゴルフ場開発区域の山地の地質は、主に千枚岩と珪質千枚岩等の低変成岩から成り、その母岩には、地滑りを起こしやすい塩基性岩は含まれておらず、一般に懸念されるような地滑りが生じるおそれのないことが認められる。

(三) また、本件ゴルフ場開発区域は、その地形・地質等から見て、無計画な造成工事を行った場合、地滑りや地盤崩壊が生じるおそれを否定できないけれども、証人中川要之助の前記見解に照らせば、本件ゴルフ場建設につき、本件開発区域の地形・地質等を考慮した慎重な造成・防災工事を行えば、地滑り・地盤崩壊を防止することは可能であり、右工事を行ったとしても、不可避的に地滑り・地盤崩壊等が発生し、原告らの生命・身体・財産等に被害を生じさせるおそれのある程度の地質・構造でではないことが認められる。

(四) そして、証人中川要之助の前記見解は、本件ゴルフ場開発区域における地滑りや地盤崩壊のおそれにつき、それぞれ、地質学的な見地から根拠を示して、あるいは、調査結果に基づいて、その意見を述べ、地滑りや地盤崩壊のおそれのある箇所については、その旨指摘し、慎重な防災工事等が必要である旨述べ、また、甲三一(吉野桜カントリークラブ造成工事に伴う地質調査)等の関係各書証に照らしても、不合理な点は見られず、全体として信用性の高いものであると認められる。

(五) 以上によれば、本件ゴルフ場開発区域は、一般に懸念されるような地滑りが生じるおそれはなく、また、適切な造成・防災工事により、地滑り・地盤崩壊を防止することが可能であると認められるから、原告らの前記主張は採用できない。

2(一) 次に、原告らは、「バイパス河川の設置が予定されている四号調整池付近の地盤は、極度に風化した地盤であって、地滑りを起こしている地盤であり、このような地盤にバイパス河川がされた場合、バイパス河川そのものが破壊・落下する危険性がある。」旨主張する。

(二) しかし、前記証人中川要之助の見解に照らせば、バイパス河川の設置が予定されている四号調整池付近の斜面については、設置されるバイパス河川の安全維持のため、斜面崩壊防止・河床地盤の沈下防止・河川からの漏水防止が特に要請され、本件ゴルフ場開発に当たっては、その地形・地質を考慮した慎重な造成・防災工事が必要であることは認められるものの、そのような造成・防災工事を行ったとしても、不可避的に地滑りや地盤崩壊等が発生し、原告らの生命・身体・財産等に被害を生じさせるおそれのある程度の地質・構造であるとまでは認め難い。

(三) 従って、原告らの前記主張は採用できない。

3(一) さらに、原告らは、「一号調整池の南斜面は、三〇メートル余りの盛土斜面となっており、この盛土斜面はかなり風化が進んだ土質であり、しかも、九条谷川の谷筋に位置しているから、開発後も地下水侵出が避けがたく、地滑りが発生するおそれがあり、また、一号調整池の東斜面は、尾根の幅が狭いという特徴を持っており、調整池の水位が高くなると、調整池の内側と調整池の東側の地下水面に七〇メートル程の水位差ができ、強い水圧がかかることになり、しかも、東斜面の尾根は幅が狭いだけでなく、高い透水係数を有する地層から成り立っており、地下水が大きな水圧で東側に流動していくことが明らかであり、一号調整池については、南斜面の地滑り、東斜面の崩壊という危険性があり、一号調整池の南斜面ないし東斜面が崩壊すれば、一号調整池の機能は停止し、九条谷川下流に土石流を発生させ、下流域に甚大を災害を及ぼすことになる。」旨主張する。

(二) しかし、前記証人中川要之助の見解によれば、一号調整池付近の斜面については、水平電気探査の結果、地滑りや地盤崩壊のおそれがないことが確認されており、また、右探査の結果、防災工事の施工により、地下水の浸透・流動による斜面崩壊のおそれがないことが判明していることが認められ、原告らの主張を考慮しても、一号調整池付近の斜面崩壊のおそれや、右斜面崩壊による一号調整池の機能停止のおそれがあるとは認め難い。

(三) 従って、原告らの前記主張は採用できない。

(森林の破壊について)

一  原告らは、「本件ゴルフ場建設工事による森林破壊により、洪水・渇水の危険性や災害発生のおそれがあり、原告らがそのような危険にさらされるおそれがある。」と主張する。

二  しかし、原告らが主張する森林の各機能や無計画な森林の伐採による洪水・渇水の危険性や災害発生のおそれについては、一般論としては理解できるものの、本件全証拠によっても、本件ゴルフ場建設工事において予定している森林伐採により、原告らの生命・身体・財産等に被害を発生させる蓋然性があること、あるいは、被告らが、そのような被害を発生させるおそれのある森林伐採を行うことを認めるに足りない。

三  従って、原告らの前記主張は採用できない。

(農薬等による被害について)

一  原告らは、「本件ゴルフ場建設工事に伴う農薬等化学物質の使用により、九条谷川や奥六田川等が汚染されるなどし、その結果、原告らの生命・身体等に被害を発生させるおそれがある。」と主張する。

二  しかし、被告らの農薬等化学物質の使用は、本件ゴルフ場建設工事自体とは直接関係するものではないのみならず、農薬等化学物質に原告ら主張のような毒性や人体に対する危険性があることや、ゴルフ場における農薬等化学物質の使用に関する基準を無視し、あるいは、無計画な農薬等化学物質の使用等により、河川が汚染し、その結果、河川を利用する原告らの生命・身体等に被害を発生させるおそれがあることについては、一般論・抽象論としては理解できるものの、本件全証拠によっても、被告らが、本件ゴルフ場において、奈良県ゴルフ場農薬使用指導要綱等を遵守して農薬等化学物質を使用した場合においても(なお、被告らが、本件ゴルフ場において用いる農薬等化学物質については、被告らがその内容を開示しないことから、その種類や使用量等は、現時点において不明である。)、原告らの生命・身体・財産等に被害を発生させる蓋然性があること、あるいは、被告らが、右基準を遵守せず、原告らの生命・身体・財産等に被害を発生させるような態様で、農薬等化学物質を使用するおそれがあることを認めるに足りない。

三  従って、原告らの前記主張は採用できない。

(本件ゴルフ場建設工事差止請求権について)

(人格権について)

一  前記(調整池における問題点)の項で認定したとおり、被告らの本件ゴルフ場建設における治水計画を前提に、各調整池から放流すれば、その計画対象降雨の範囲内の降雨を前提としても、降雨の程度によっては、九条谷川及び奥六田川の各下流でかなりの溢水が生じるおそれがあり、また、甲一三〇、証人宇民正の供述及び弁論の全趣旨によれば、その程度は、最悪の場合、九条谷川及び奥六田川の下流に存在する家屋にかなりの損害を生じさせ、そこに居住する人々の生命・身体等に被害を与えるおそれのあるものであることが認められる。

二  甲一三四、検甲三五の一ないし二五、検証の結果、原告出合安一本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 九条谷川流域の前記基準地点のやや下流には、別紙民家等の位置関係図記載のとおり、同図(1)の位置に別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号68の原告西本春野が居住する住宅が、(3)の位置に同目録番号42の原告梅本久一の所有する住宅が、(4)の位置に同目録番号38の原告梅本栄子の居住する住宅が、(5)の位置に同目録番号11の原告北村博司の所有する住宅が、(7)の位置に同目録番号17の原告今西与四郎の所有する住宅が、それぞれ存在する。

2 そして、前記原告らの住宅のうち、別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号17の原告今西与四郎、同目録番号42の原告梅本久一及び同目録番号68の原告西本春野らが所有または居住する住宅が、溢水による被害を受ける可能性がきわめて高く、特に、同目録番号番号17の原告今西与四郎の住宅は、河川と建物との高低差が少ない上、水路幅もその付近で狭くなっており、その生命・身体・財産等に重大な被害をもたらす危険がきわめて高い。

3 奥六田川流域の前記基準地点のやや下流には、別紙民家等の位置関係図記載のとおり、同図(2)の位置に別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号5の原告出合安一の所有する農機具倉庫が、(3)の位置に同目録番号23の原告大平昭夫の所有する住宅が、(4)の位置に同目録番号5の原告出合安一の所有する住宅が、(5)の位置に同目録番号77の原告出合善美の所有する住宅が、(6)の位置に同目録番号5の原告出合安一の所有する住宅が、(6)の位置に同目録番号5の原告出合安一の所有する住宅が、(7)の位置に同目録番号29の原告梶谷清の所有する住宅が、(8)の位置に同目録番号21の原告岸本栄一の所有する住宅が、(9)の位置に同目録番号27の原告上村徳治が所有する農機具倉庫が、(10)の位置に同目録番号12の原告岸本信之が所有する農機具倉庫が、(11)の位置に同目録番号18の原告柳田義信の居住する住宅や寺が、(13)の位置に同目録番号27の原告梅本幸男の居住する住宅が、(14)の位置に同目録番号26の原告上村博の所有する住宅が、(16)の位置に同目録番号25の原告乾敏夫の所有する住宅が、それぞれ存在する。

4 そして、前記原告らの住宅等のうち、別紙民家等の位置関係図(6)の位置の別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号5の原告出合安一の住宅及び同目録番号18の原告柳田義信及び同目録番号29の原告梶谷清らの住宅や寺が、溢水による被害を受ける可能性がきわめて高く、特に、別紙民家等の位置関係図(6)の位置の右原告出合安一の住宅付近で奥六田川は大きく左にカーブしており、また、同目録番号29の原告梶谷清の住宅付近で堤防の高さが最も低くなっている上、すぐ下流に橋がかかり、橋の部分から水路幅が狭くなっていることから、増水した水が容易に溢水し、前記住宅等に流入し、右原告らの生命・身体・財産等に重大な被害をもたらす危険がきわめて高い。

三 前記一及び二で認定した各事実、別紙民家等の位置関係図によって認められる前記原告らの住宅等と九条谷川・奥六田川各河川との位置関係や状況並びに弁論の全趣旨によれば、被告らが予定している本件ゴルフ場建設工事をこのまま続行させると、計画対象降雨強度の範囲内の降雨であっても、降雨の程度により、九条谷川及び奥六田川の各下流においてかなり溢水が生じ、最悪の場合、右溢水により、少なくとも、別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号5の原告出合安一、17の原告今西与四郎18の原告柳田義信、29の原告梶谷清、42の原告梅本久一及び68の原告西本春野らの住宅等を損壊し、そこに居住する右原告らの生命・身体等に被害を生じさせるおそれがあると認められる。

四 従って、被告らの本件ゴルフ場建設工事は、前記三項記載の原告らの人格権を侵害するおそれのある行為であるというべきである。

五 そして、人格権に基づく差止請求が認められるかどうかは、被害の種類・程度、加害事業の公共性、加害の態様、差止により加害者に生じる損害等を比較衡量し、原告らの被る被害が、社会生活上受忍すべき限度を越えており、かつ、事後の損害賠償等の金銭補償では回復できない程度のものであるかどうかにより判断されると解されるところ、前記認定のとおり、前記三項記載の原告らの被るおそれのある被害は、生命等に対する被害であり、およそ、人の生命と比較衡量しうるものは、人の生命以外にはなく、また、本件ゴルフ場に、被告らが主張するような健康の増進・社交活動の場としての有用性・地域の活性化という面があるとしても、本件ゴルフ場が、前記原告らの生命に対する侵害の危険を黙認してまで建設すべきほどの施設でないことは明らかである。

六 特に、前記(被告らの本件ゴルフ場開発計画等)の項で認定したとおり、現在、本件ゴルフ場建設工事の実質的な主体である村本建設株式会社が約五〇〇〇億円もの多額の負債を抱えて会社更生手続中であり、しかも、現段階における村本建設株式会社の更生計画の進展の度合いや、本件ゴルフ場建設工事の進行状況・完成の見込みも明らかでなく、少なくとも、本件口頭弁論終結時において、前記原告らに対する生命・身体等の被害を回避するための被告らによる本件各調整池の設計等の変更を含む治水計画の全面的な改変が可能な状況であるとは認め難い。

七 また、仮に、本件ゴルフ場建設工事が続行され、完成したとしても、村本建設株式会社の前記のような経営状態に照らし、将来においても、本件ゴルフ場に関し、調整池の永続的な管理を含め、農薬等化学物質に関する安全管理その他予想される被害に対する安全管理等が十分になされるかどうかは疑問であり、それらの点に関する前記原告らの懸念も杞憂とばかりは言い切れない。

八 なお、本件ゴルフ場開発については、平成四年一二月二四日付けで、奈良県知事により、都市計画法二九条の開発許可、森林法一〇条の二第一項の林地開発許可及び宅地造成等規制法の許可が、それぞれなされているが、右各許可が、前記認定のような余裕高の確保の必要性や直接流域面積の存在等、本件治水計画についての安全性に関する問題点につき、十分検討が加えられた上でなされたものであるかどうかは、かなり疑問であり、本件ゴルフ場建設工事につき、右各許可がなされているからといって、本件治水計画の安全性が完全に保障されるものではないことはもとより、右各許可の存在は、前記原告らの人格権に基づく本件ゴルフ場建設工事差止請求を否定する理由とはならないというべきである。

九 以上によれば、本件ゴルフ場建設工事続行により、前記原告らに対して生じるおそれのある被害は、社会生活上受忍すべき限度を越えるものであり、かつ、事後の金銭的賠償では回復できない程度のものであり、右被害の発生を防ぐためには、被告らの本件ゴルフ場建設工事を禁止するのが最も有効・適切な手段・方法であると認められる。

一〇  なお、被告らにおいて、前記原告らが主張する溢水のおそれ、あるいは、溢水による前記原告らの生命・身体等に対する侵害のおそれ、また、その点に関する証人宇民正の見解を全面的に否定するのであれば、立証責任という観点はともかくとして、本件治水計画の安全性に関する専門家の意見書の提出やその証人申請等による反証により、その安全性を積極的に立証すべきであると思われるのに(現に、地滑り・地盤崩壊等のおそれに関しては、被告らから、地質学の専門家が作成した意見書の提出やその証人申請がなされている。)、被告らから、そのような形での反証がなされていないことは、被告らにおいて、右のような方法で前記原告らの前記主張・立証を全面的に否定することが困難であると推認されてもやむを得ないというべきである。

一一 従って、前記三項記載の原告らは、被告らに対し、人格権に基づき、本件ゴルフ場建設工事の差止を求めることができるというべきである。

(水利権について)

一  甲一九、七八、一〇八、検甲七の一ないし六、二二の一ないし一三、二三の一ないし四、二四の一ないし四、検証の結果、原告出合安一本人及び原告梅本愛作本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 六田地区において、奥六田川及び九条谷川からそれぞれ取水している田の位置、田の所有者及び耕作者、所属水利組合並びに当該田の面積については、別紙田の配置図、別紙田の配置図の説明書及び別紙水利権者目録記載のとおりである。

2 本件ゴルフ場開発区域北端から、約四〇〇メートル九条谷川を下流にたどった位置に、別紙田の配置図記載の61の田があり、また、本件ゴルフ場開発区域の北端のダムから真西に延長した線と奥六田川が交わる位置に、別紙田の配置図記載の1、2の田がある。

3 前記田の耕作内容については、約六五パーセントの田は、現在稲作を行っており、その他は野菜を栽培し、また、前記田のごく一部は、休耕田になっているが、現在稲作を行っていない田も、別紙配置図49の田を除いては、何時でも田として使用できる状況である。

4 別紙田の配置図記載の田は、すべて、明治時代には既に開墾されており、取水口は、奥六田川に四か所、九条谷川に一か所あり、河川からの田への水路は、川から田に直接取水できないときに設置されたものであり、右図面に記載されている水路や取水口も、田の開墾当時からのものであり、明治時代以前から、右水路や取水口を必要とする田の耕作者たちが協力して設置したものである。

5 九条谷川や奥六田川から取水する順序や量については、主に田植えの時期に、上流の耕作者と下流の耕作者が協議をし、あるいは、水利組合内部で取り決めをし、時期をずらせて取水するなどをして、円滑に行ってきた。

6 奥六田川には、上流から、古寺水利組合、上の坊水利組合、六田題水利組合の三組合があり、九条谷川には、上流から、九条谷水利組合、岸田水利組合の二組合があり、右水利組合の役目は、取水口の管理と水路の管理・掃除と補修である。

7 前記取水口の管理と水路の管理・掃除や補修等に関する費用や労働の負担については、水利組合ごとに人々が集まって、掃除や補修を行ってきており、また、六田題水利組合は、年間会費を徴収し、補修等の経費に当てており、その他の水利組合は、費用が発生したときに、反別に従って、全員で負担している。

8 奥六田川の第一取水口は、古寺水利組合が、第二取水口は、上の坊水利組合が、第三及び第四取水口は、六田題水利組合が、九条谷川の第一取水口は、岸田水利組合が、それぞれ管理をしており、また、水路の管理は、水利組合単位や個人で行ってきた。

二 一般に、慣習法上の水利権が成立するためには、事案的な水利用が長期にわたって反復継続されていること及びその水利用の正当性に対する社会的承認が成立していることが要件とされている。

三 前記認定の事実によれば、別紙水利権者目録記載の原告らの九条谷川及び奥六田川からの農業用水等のための事実的な水利用は、遅くとも明治時代から、祖先より代々受け継がれ、長期にわたって反復継続され、かつ、取水口の設置・維持・管理等が原告らの費用や労働負担等によってなされるなど、その水利用の正当性につき社会的承認が成立していると認められるから、別紙水利権者目録記載の原告らは、それぞれ、個人として、九条谷川及び奥六田川の流水使用につき、慣習法上の水利権を有しているというべきである。

四  そして、前記(調整池に関する問題点)及び(人格権について)の各項で認定した事実並びに弁論の全趣旨によれば、被告らの本件ゴルフ場の治水計画においては、九条谷川上流には、一号調整池と二号調整池が設置され、二号調整池から流出した水が、一号調整池に流入し、その後に九条谷川に放流され、また、奥六田川の上流には、三号調整池と四号調整池が設置され、三号調整池から流出した水が一旦四号調整池に流入し、その後奥六田川に放流されることになっていること、被告らの前記調整池による治水計画では、降雨の程度により、九条谷川及び奥六田川の前記各基準地点の下流域、すなわち、別紙水利権者目録記載の原告らが両河川の流水を使用している付近において、かなり溢水が生じるおそれがあることを認められ、本件ゴルフ場建設工事を続行させると、かなりの程度の溢水発生により、別紙水利権者目録記載の原告らの九条谷川及び奥六田川の流水に対する適正な使用を妨げるおそれ、すなわち、別紙水利権者目録記載の原告らの水利権を侵害するおそれがあると認められる。

五 従って、別紙水利権者目録記載の原告ら(別紙平成四年(ワ)第一二二号事件原告目録番号1の原告梅本愛作、4の原告和田実、5の原告出合安一、6の原告岩本義正、8の原告今西有利、9の原告富松清、10の原告梅本昭則、19の原告小林竜一、24の原告梅本幸男、25の原告乾敏夫、27の原告上村徳治、28の原告出合明、31の原告岸本清治、36の原告川端政雄、37の原告岩本清治、39の原告山本昇、41の原告西本久美子、43の原告吉田静子、44の原告中村茂之、45の原告平垣喜與勝、47の原告和田善治、69の原告今西善美、70の原告辰己満佐子及び76の原告中村熊一)は、被告らに対し、慣習法上の水利権に基づき、物権に基づく妨害予防請求権として、本件ゴルフ場建設工事の差止を求めることができるというべきである。

(歴史的環境権について)

一  原告らは、「本件土地に本件ゴルフ場が建設されれば、吉野の歴史的環境を著しく破壊することになり、本件ゴルフ場建設は、吉野の歴史的環境を享受してきた原告らの権利を侵害するものであるから、原告らは、被告らに対し、歴史的環境権に基づき、本件ゴルフ場建設工事の差止請求権を有する。」と主張する。

二  しかし、吉野の景観・環境が歴史的価値を有し、それが保護に値する利益であるとしても、原告らが、歴史的環境権という権利に基づき、本件ゴルフ場建設工事の差止請求権を有するかどうかは別個の問題であり、原告らが主張する歴史的環境権という権利の意味内容は、差止請求権を発生させる権利としては、明確さを欠き、その主体・要件・効果等につき、その内容が差止請求権を発生させる権利として承認されるほど成熟しているとはいえず、少なくとも、現時点においては、原告ら主張の歴史的環境権を差止請求権の根拠となる権利として法的に許容することは困難であるといわなければならない。

三  従って、原告らの前記主張は、主張自体失当といわざるを得ない。

(環境権・自然享有権について)

一  原告らは、「環境権及び自然享有権に基づき、本件ゴルフ場建設工事の差止請求権を有する。」と主張する。

二  しかし、前記歴史的環境権の主張に対する判断と同様、原告らが主張する環境権及び自然享有権の意味内容は、差止請求権を発生させる権利としては、明確さを欠き、その主体・要件・効果等につき、その内容が差止請求権を発生させる権利として承認されるほど成熟しているとはいえず、少なくとも、現時点においては、原告ら主張の環境権及び自然享有権を差止請求権の根拠となる権利として法的に許容することは困難であるといわなければならない。

三  従って、原告らの前記主張は、主張自体失当といわざるを得ない。

(結論)

一  そうすると、主文一項記載の原告ら((人格権について)三項記載の原告ら及び別紙水利権者目録記載の原告ら)の被告らに対する本件ゴルフ場建設工事差止請求は理由があり、その余の原告らの被告らに対する本件ゴルフ場建設工事差止請求は理由がないことになる。

二  よって、主文一項記載の原告らの本訴請求を認容し、その余の原告らの本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言は相当でないから付さないこととする。

(裁判長裁判官宮本定雄 裁判官安達嗣雄 裁判官吉岡真一)

別紙物件目録<省略>

別紙地図一〜四<省略>

別紙地図の説明書<省略>

別紙水利権者目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例